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夏は暑さをやわらげ、冬は体を温めてくれる食べ物といえば豆腐。水を張った鍋で食べる湯豆腐はシンプルな料理ながら、職人の技や、寒い季節を元気に乗り切る知恵が詰まっている。(榊聡美)

 湯豆腐にしておいしいのは木綿か絹ごしか−。好みが分かれるが、滑らかな食感、のど越しの良さなら絹ごしに軍配が上がる。

 昔ながらの風情が残る東京・根岸。江戸時代から320年以上続く「笹乃雪(ささのゆき)」は、絹ごし豆腐発祥の老舗で知られる。肌寒さを感じる陽気になると、看板メニューは冷ややっこから湯豆腐へと変わる。

 もともとは京都の豆腐職人だった初代の玉屋忠兵衛が、生食用の豆腐を作りたいと試行錯誤を重ねた末に発明したのが、絹ごしの製法だった。

 「石臼の性能が向上し、大豆をより細かくすり潰して濃い豆乳が作れるようになった。それが功を奏したと聞いています」

 11代目店主の奥村喜一郎さん(51)はこう説明する。

 江戸前期、第111代後西天皇の第6皇子、公弁法親王が輪王寺宮就任のために京から江戸へ移る際にお供し、元禄4(1691)年に豆腐茶屋を開いた。屋号の「笹乃雪」は、同法親王が絹ごし豆腐を「笹の上に積もりし雪の如(ごと)き美しさよ」と、たたえたことに由来する。

「その頃の井戸水と天然にがりを使う製法は今も変わりません」と奥村さん。

 木綿豆腐は豆乳ににがりを加え、ある程度固めたものを木綿の布を敷き詰めた箱型に流し込み、重しをして固める。一方、絹ごしは豆乳を型に入れ、そこににがりを加え混ぜて固める。木綿より濃厚な豆乳を使うのはこの製法のためだ。

 「簡単に見える絹ごしの方が、実は職人技を要するんです」と奥村さんは力を込める。にがりは数秒で豆乳を固めてしまう。わずかな時間で豆乳全体ににがりを行き渡らせるにはひしゃくの向き、かき回すスピードなど細部にわたって熟練した技術が必要だという。

 寒さに誘われ、伝統の味を求めて大勢のお客が訪れる。湯気の上がる豆腐を口へ運べば、滑らかな食感の後に大豆の香りと甘みがふわり。次第に体がポカポカと温まっていく

食文化史研究家の永山久夫さん(85)は、「湯豆腐はまさに“食べるカイロ”。日本初の豆腐料理百科、江戸時代の『豆腐百珍』には、『豆腐料理としては第一級品』と書いてあります」と語る。

 当時の食べ方は、現代人にも大いに参考になるという。まず、鍋に張るのは葛粉(くずこ)を溶いた葛湯。薬味にネギのみじん切り、花かつお、粉トウガラシなどを添える。葛は加熱するととろみが出て保温効果が高まるだけでなく、葛の根は風邪に効く葛根湯の原料でもある。ネギのにおい成分には発汗を促す働きがある。

 「葛湯と薬味の相乗効果で、風邪を抑える力が強まる。さらに、豆腐と花かつおの組み合わせは、寒くなると起きやすい心筋梗塞などの予防にも役立ちます」

 国立がん研究センターなどの調査で、マグネシウムを多く摂取する人は心筋梗塞など虚血性心疾患を発症しにくい、という結果が出ている。マグネシウムは大豆食品に多く、特に絹ごし豆腐に豊富に含まれる。同じくマグネシウムが豊富な花かつおを加えれば、鬼に金棒の組み合わせになる。

 「江戸時代は食で健康管理をする知恵が発達していたのでは。湯豆腐は人生100年時代の上手な食べ方のお手本です」

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