>>156
知られてないだけで漂着や難破した外国船の話は面白いよね

鹿児島県の小さな島、宝島のwikiより歴史

文政7年(1824年)8月、イギリス船が来島し、島民に牛を譲渡するように要求したが、
在番及び郡司が拒否したため、20名から30名程度のイギリス人が島に上陸し牛3頭を略奪した。

この事件で横目の吉村九助が在番所でイギリス人1名を射殺、流人であった
本田助之丞と田尻後藤兵衛の2名の武士も争いに参加したとある。

この事件が1つの要因となり、翌年の文政8年(1825年)には異国船打払令が出された[3]。[4]

この事件の顛末を吉村昭が短編小説『牛』で描いている。

島にはこの事件に由来したイギリス坂という地名が存在する。