墳墓に鏡・剣・玉の三種の神器を埋葬する文化はもともと北部九州のもの
畿内で出土する鏡の中には平原遺跡の大型内行花文鏡に匹敵するような巨大なものはなく、当時の文明度は明らかに九州の方が上である
また、下池山古墳からは平原のものより二回りほど小さい内行花文鏡が、畿内ではほとんど出土しない貴重な絹に包まれて副葬されていた
つまり内行花文鏡こそ九州邪馬台国を象徴する鏡であり、九州邪馬台国から派遣された人物が畿内の支配者になった証でもある