安倍晋三政権が今国会での成立を目指した「働き方改革関連法案」から、裁量労働制の拡大を全面的に削除する。発端は厚生労働省の不適切データ。安倍首相が「裁量労働制で働く方の労働時間は、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもある」と答弁した、その根拠となるデータだ。

 裁量労働制はあらかじめ決めた「みなし労働」時間に基づいて残業代込みの賃金を払う制度で、深夜や休日を除き、いくら働いても追加の残業代は出ない。

 現在は弁護士や新聞記者などを対象にした「専門業務型」と、企業の中枢で働くホワイトカラーを対象にした「企画業務型」の2種類がある。これをさらに「課題解決型の提案営業」と「企画立案と現場への展開のPDCAサイクルを通じた社内制度の改善の業務」にも拡大しようとしていた。前者は法人の顧客にコンサルティングを兼ねてサービスの提案をする営業職、後者はメーカー企業で主力商品の改善を目指して企画・製造から商品の売れ行き調査などプロジェクト全体の評価を担う管理職などを想定。しかし、

「どのような労働者が何人くらい対象になるのか、実はよく分かりませんでした。あいまいなものは悪用される危険性が高く注意が必要です」

 と言うのは、ブラック企業被害対策弁護団代表を務め、労働問題に詳しい佐々木亮弁護士だ。「商品を単に販売するような一般の営業職は対象外と言われていますが、このご時世にそんな人はあまりいない。多かれ少なかれ顧客の要望を聞き、カスタマイズして提供するはずです。ほとんどの営業職の人が裁量労働になってしまう可能性もありました」(佐々木さん)

 管理職の定義もあいまいだった。会社に「リーダーとしてプロジェクトを評価して」と言われば、部下の人数や社内の地位にかかわらず対象になったかもしれない。

 厚労省は違法に適用されないように、人事担当者などに指導を徹底するとしていたが、具体策は不明なままだった。年収要件もなく、契約社員や最低賃金で働く人も対象になり得る。みなし労働時間より長く働いて最低賃金を下回ったとしても。

結局、労働者に裁量があるのは業務の「進め方」で、業務の「量」ではない。前出の佐々木さんは裁量労働制を「定額働かせ放題」だと懸念していた。

「業務量にも納期にも裁量はなく、長時間労働の改善どころか助長につながるのは目に見えていました」(佐々木さん)

 最近相談が多いのはSE(システムエンジニア)だという。納期が厳しく途中でクライアントから修正依頼が入ることも多い。決められた賃金で月160時間の残業をこなすケースもあったそうだ。裁量労働制の対象者が体調を崩す例も報告されている。2011?16年度、脳・心臓疾患で労災補償の支給決定は22件、精神障害は39件(厚労省)。すでに苦しむ人がいる。

「裁量労働制を適用するには、専門業務型は企業の労使協定、企画業務型は労使委員会での5分の4以上の賛成と社員本人の同意が必要ですが、実際はこれらの手続きを踏んでいなかったり、専門業務型なのにそれ以外の仕事もさせているなどの違反も多い。裁判を通じて残業代と同額程度の支払いを求めることも可能ですので、確認してみてください」(佐々木さん)

 心配は、まだある。安倍首相は「高度プロフェッショナル制度」について、引き続き成立を目指すとした。高収入の一部専門職を対象に労働時間の規制を外すもの。これも基準の年収を引き下げたり、専門職の範囲を広げたりすれば、対象者が増える。その懸念は同じだ。「残業代ゼロ」は、まだ消え去ったわけではない。(編集部・竹下郁子)

2018.3.6 07:00 AERA
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