毎日新聞 2018年6月13日 東京夕刊

 今年は貝毒による食中毒の懸念が高まり、被害も出ている。市場に出回る貝は安全だが、自分で取った貝には注意が必要だ。その脅威はあまり知られず、中には化学兵器級のものもあるという。【岸達也】

 アサリやカキなどの貝はそもそも毒がない。有毒の植物プランクトンを取り込んで毒性を帯びる。農水省によると、毒の規制値超過による貝の出荷自主規制は、昨年までの10年間では年間10〜37件だった。だが、今年はすでに60件を突破。3月には兵庫県明石市内の川の河口で取ったムラサキイガイを食べた70代男性が嘔吐(おうと)で入院した。

 貝やフグなど生物毒の第一人者、東京医療保健大の野口玉雄教授は貝毒の代表としてまひ性のサキシトキシンを挙げ、「化学兵器に分類されるほど危険です」と話す。神経まひを引き起こす猛毒で致死量0・5ミリグラム。スプーン1杯5グラムで1万人分の致死量だ。一定量を摂取するとしびれや焼けつく感じを覚え、やがて動けなくなり、最悪の場合呼吸まひで死に至る。確かに経済産業省化学兵器・麻薬原料等規制対策室によると化学兵器禁止法の対象物質で、製造や抽出が厳しく規制されている。

内閣府食品安全委員会などによると、愛知県豊橋市で1948年に起きたアサリによる食中毒が、国内初のまひ性貝毒の記録とされる。当時はよく分かっていなかったが、70年代に野口さんらの手で解明が進み、80年に厚生省(現厚生労働省)が規制値を決め、検査態勢を整備。それ以降、市場に流通するアサリなど二枚貝でまひ性貝毒による食中毒の例はほとんどない。

 ただし、個人で採取した貝による中毒は時々ある。79年に北海道、89年に青森県でムラサキイガイを食べた人が1人ずつ死亡した。

 まひ性とは別に記憶喪失を引き起こす貝毒もある。カナダでは87年、同じムラサキイガイで100人以上が中毒を起こし、4人が死亡、12人に記憶障害が残った。他に下痢を引き起こす貝毒もあるが、死に至ることはないとされる。

 店で売られる貝はほぼ安全だが、問題は自分で採取したもの。野口さんは「警鐘を鳴らし続けるしかない。自然界には猛毒が潜む。正確な知識を持ち、正しく怖がることが大事です」と話す。貝毒の状況は自然条件で刻々と変わり、行政機関が調べ発表している。「潮干狩りなどではその情報を必ず確かめてほしい」と野口さんは注意喚起する。

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