https://wired.jp/2018/07/19/neuron-memory-experience/
ヒトの脳全体で千数百億個あるとも言われる脳神経細胞のニューロンは、いかにわれわれの経験を「記憶」しているのか?
そのメカニズムの一端を解き明かす研究結果が発表された。
脳神経細胞は、おそらくわれわれの経験を「遺伝子のスイッチ」を改変させることによって記録している──というものだ。いったいどのような仕組みなのか。

あなたが、ありとあらゆる何かを経験するとき、それがどのようなものであれ、脳神経細胞のニューロンは活発に働いている。
ヒトの脳全体で千数百億個あるとも言われるニューロン。「経験」はそれぞれ異なるニューロンの接続パターンをつくり出すと言われているが、
これらの脳神経活動を深く分析することで、ヒトの脳がどのように世界を認識するか、そしてどのように記憶を形成しているのか突き止められるだろうか?

膨大な数のニューロンが織りなす接続パターンは、ほんの部分的なものだけでも途方もない量に及ぶ。
ところが、ニューロン内の遺伝子発現パターンを分析することで、脳神経細胞の活動記録を再建築できるという画期的な方法が、学術誌『Neuron』で報告された。

おそらく脳神経細胞は、われわれの経験を「遺伝子のスイッチ」を改変させることによって記録している──。
それが、米ハーヴァード大学医学部の遺伝子学博士課程の研究者であるケルシー・ティソウスキーら研究チームの実験が明かした脳の仕組みのひとつだ。

■ニューロンの活性時間が遺伝子発現量と関連
この発見はまず、ペトリ皿での実験から始まった。
ティソウスキーは、ペトリ皿で培養したニューロンにごく短時間の刺激を与えると、その刺激に対して迅速に応答する遺伝子が発現することを発見した。
反対に、ニューロンへの持続的な刺激は、迅速に応答するものと、それよりも遅く応答する遺伝子の両方が発現することを突き止めた。

ペトリ皿での実験結果は、門外漢のわれわれでも直感的に受け入れられるものだ。
たとえば熱いフライパンで火傷をしてしまったときなどは、短時間の刺激ですぐに反応できる迅速な遺伝子が脳内で発現する。
また、誰かの顔と名前を覚えなければならない場合などは、火傷よりも長いあいだニューロンへの刺激が持続する。
そうしたときには、迅速に応答するものと遅く応答する遺伝子の両方が発現するのだ。
事実、ティソウスキーが発見した遺伝子発現パターンは、ニューロンがどれほど長く発火したかを反映するものだったという。

「ケルシー(ティソウスキー)の発見はエレガントで、予想外のシンプルさが自然にあります」と、共著者である遺伝子学のジェシー・グレイ准教授は言う。
「ニューロンの活動が持続すればするほど、より多くの遺伝子が発現することがわかったのです」

脳神経活動が上昇すると、ニューロン内ではこれらの活動を制御する遺伝子が発現する。
このプロセスは、シナプスの強化や弱化、また機能的、構造的な変化を促すことなどに必要だと思われている。
ではペトリ皿でみられたこのプロセスは、実際の脳でも同じように機能しているのだろうか?
またこのプロセスを逆手にとり、ニューロンの遺伝子発現を調べるだけで、どれほど長いあいだ脳が刺激を受けたのかを推測することは可能だろうか?

■マウスの脳を使った実験
そこで研究チームは、暗闇で育てられたマウスの視覚野にある脳神経細胞で、光を感知することによって発現する遺伝子に着目。
マウスのケージ近くで、短時間(5秒〜5分間)または長時間(6時間)ライトを照射し、活性化した視覚野のニューロン活動を記録した。
結果、ペトリ皿でのニューロン刺激に応答する遺伝子発現プロセスは、マウスの脳でも同じように起こっていることがわかった。
すなわち、短時間の光照射では素早く反応する遺伝子が発現し、長時間の光照射では反応の速いものと遅い遺伝子の両方が発現していた。

興味深いことに、それぞれの刺激に対応する遺伝子発現パターンは、脳の6層構造のいずれかにあるニューロンによって異なっていた。
反応の速い遺伝子発現は脳の深い層にあるニューロンで起こり、反応の遅い遺伝子発現は比較的表面層にあるニューロンで起こっていた。

※続く