S「ほんとに常識なんですか」
A「みんな知ってるよ、宇宙飛行士なら。だから、プーチンがああ言ったのも、とくに『報復』を意図したものじゃなくて、ただ口が滑っただけかもしれない」
S「いつからご存知なんですか」
A「ロシアで宇宙飛行士の訓練を受けてるときに知った。訓練を始めて5〜6か月後かな」
S「訓練を受ける前は知らなかった?」
A「そうだ。私も『月面着陸神話』を信じ切ってた(笑)」
S「タブーじゃないんですか、『神話』をこわすのは?」
A「表向きはタブーだ。でも、この虚構を理解できないやつは宇宙飛行士じゃない」
S「ロシア人宇宙飛行士から聞いたんですか」
A「そうだ」

S「どんなふうに」
A「訓練は宇宙飛行そのものにかかわるものと、ロシア語会話とが平行して進められる。初めは私はロシア語がぜんぜんわからないから、
 同僚の宇宙飛行士たちとも通訳を通してしか話せないし、通訳はタテマエしか訳さない。でも、そのうちロシア語が上達して来ると、
 冗談とかプライベートな会話とかも直接可能になって来る」
S「じゃあ、最初はジョークとして聞いたんですか」
A「いや。真顔で質問した(笑)。飛行計画全体を話していたときだ。当初、通訳からは、宇宙飛行を終えたロケットのカプセルは
 ロシアの大地に『着陸』すると聞かされていた。米国は海洋国家なので『着水』だが、広大な国土を持つロシア(ソ連)の場合、
 機密保持の意味もあって、カプセルは自国領内に着陸させて回収するというわけだ」
S「理にかなってますね」
A「でも、広大な国土のどこに落ちるかわからないから銃を持って行く、銃の使い方も訓練する、と聞いておかしいと思い始めた。
 『カプセルは地上のクルーに何日も発見されない場合がある。その場合、
 狼や熊が襲って来ることがあるから、それを追い払う銃が要る』というのだが、なんかおかしい」
S「なぜ」
A「月に宇宙船を着陸させるほどの技術を持つ国が、なんで地球上で予定どおりの地点にカプセルを着陸させられないんだ?
 『広大な国土のどこかに着陸』というと一見、機密保持に気を配っているようだが、要するに、上から乱暴に『投げ落とす』ってことだろ?
 その程度の技術しかないのかってことになる」
S「それは地上での話ですよね」
A「もちろんそうだが、地上でできないことは月面上でもできない」
S「そうとは限らないでしょう」
A「いや、待ってくれ。重要なのは、SF映画に出て来るような上品な着陸方法は、ロシアでも米国でも絶対にできないってことなんだ」
S「上品な着陸?」
A「お尻を地面に向けて、エンジンの噴射を少しずつ弱くしながら垂直に降りて来る」
S「ああ、わかります。『サンダーバード』の1号も3号もそうやって戻って来ますね」
A「そんなの、地球上のどこでも実現してない。アポロ計画でも10号まではぜんぜんやってない。
 なのに、11号になると急に、月着陸船が垂直噴射しながら月面に降りたことになってる」