0733名無しさん@1周年
2018/10/11(木) 17:38:16.28ID:PVWnoMBw0畿内 2,087,126
山城 424,070
大和 554,600
河内 400,954
和泉 227,500
摂津 480,000
西海道 5,990,581
筑前 790,063
筑後 623,581
豊前 609,828
豊後 743,842
肥前 692,589
肥後 1,579,117
日向 373,101
大隅 242,040
薩摩 242,500
壱岐 90,000
対馬 3920
鬼頭氏の推定人口は奈良時代の大和だけやたら人口が増えて、
平安時代になると1/3程度になるという変な数値になっていますが、
延喜式出挙稲数の1/4弱というのが大体の人口になっています
鬼頭氏は肥後国は少なめに推計していますが、
畿内と同じように1/4弱と推計すると
肥後国の出挙稲数は1,579,117 なので、
1/4すれば40万弱ということになります
邪馬台国7万戸4人家族で28万人だと、肥後国は
少なくとも奈良時代の人口推計でも、十分に余裕を持って
養える生産量だということになりますね。
また、鬼頭氏の奈良時代の大和国の人口は33万となっていますが
後には13万人にまで下がります
奈良時代は平城京で人口が増えましたが、
本来の生産能力はこの程度だったのでしょう
また、他の地方も延喜式出挙稲数の1/4弱となっており、
本来の大和国の生産量は13万人程度の生産量であることがわかります