魏志倭人伝に北九州から水行30日陸行1月の遠いところに邪馬台国があると書いてある。

当時は瀬戸内ルートは開拓されていなかったろうから、日本海ルートで敦賀か丹後あたりで上陸し
琵琶湖を南下し、甲賀や伊賀を経てマキムクへ到達したのであろう。