『空母ワスプ撃沈の凱歌』 渋谷郁男
木梨艦長はなおしばらく隠忍自重、肉薄をつづけ、今や彼我の距離900メートルとなった。
ついに最適の射程内に入った。今だ。方位角右50度、絶好の射点を得て、魚雷全射線(6本)が発射された。
満を持した必殺の魚雷である。時に11時45分。
日本が世界に誇る無航跡酸素魚雷は、われらの悲願をこめて、まっしぐらに突っ走ったに違いない。
一同かたずを飲んで待つうちに、ズシンという手ごたえがあって、まぎれもない命中音4発を聞いた。

当たった。よかった。なんという爽快さ。一同思わず万歳を叫ぼうとして、あわてて声を飲んだ。
敵に聴知されるかどうかわからないが、とにかく無音潜航である。

本艦は深度80メートルに潜航し、敵空母の航跡の下に隠れた。魚雷命中から6分後に敵爆雷1弾目の爆発音を聞いた。
つづいて第2弾、第3弾と本艦の各方向から爆発音が聞こえてきて、同時に震動を与える。
数隻の敵駆逐艦が本艦の周囲をぐるっと取り巻いて、いっせいに爆雷攻撃を行っていることがわかる。
艦内の防水扉は魚雷戦用意で厳重に密閉され、通風も停止されているので、
空気はしだいににごり、温度はますます上昇してくる。
40度の高温の中で、電動機室にじっと座って、爆雷1発受けるたびに隔壁に印をつけていった。
まったく敵の攻撃がやんだのは17時15分ごろであった。
隔壁に書いた正の字によれば、爆雷85発を受けたことになる。
 『完本・太平洋戦争』より