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https://ja.wikipedia.org/wiki/藤原元命

「尾張国郡司百姓等解(文)[1]」により、元命は私欲に基づき貧しい農民から苛烈な収奪を行う受領の
代名詞とされ、また後世の説話の世界でもその評判は非常に悪い。「地蔵霊験記」という書物には
「術つきて東寺門にて乞食しけるが、終いには餓死したりけり」などと書かれる。また尾張の頭護山如
意寺の由来の中でも、元命は地獄沢という小川に氷が張って渡れなかったので近くにあった卒塔婆を橋
にして渡ったがその卒塔婆には地蔵菩薩が彫ってあって元命と郎党らはそれを踏みつけて渡った。
その後元命と従者は大病に煩い死ぬが地蔵菩薩が助けてくれて生き返った。しかし「元命朝臣は猶悪事止
まずして国人に憎まれ、終わりをよくせざりしとぞ、(その郎党の)為家は罪業恐ろしくおもいて、六角二階の伽藍を営み……」と。