https://www.rieti.go.jp/jp/special/policy_discussion/09.html

このごろIT(情報技術)の世界でメディアをにぎわせている話題に「ICタグ」がある。
商品につけた半導体チップに情報を入れ、電波で受信して在庫管理や防犯などに使おう
というものだ。国際的には、MIT(マサチューセッツ工科大学)を中心にして決められ
た規格「オートID」が標準になり、ウォルマートなどが採用を決めた。日本でも、慶応
大学にオートIDセンターができ、実装が進んでいる。

ところが、そこに「ユビキタスID」というのが現れた。まだ規格も固まらず、作ってい
るメーカーは2社だけだが、そのリーダーである東大の坂村健教授は「米国にあわせる必
要はない。日本独自の標準を作ることが国益にかなう」として政府の関与を求めている。
これは「バーコードは米国の規格だから、日本独自の国定コードを作ろう」というようなものである。

坂村氏がこういうナショナリズムをあおるのは、今回が初めてではない。15年前に彼が進
めた「トロン計画」も、すでにMS−DOSという国際標準があったのに、それとは別の「日本発」
の標準を作ろうとして失敗した。

最近、坂村氏は「Tエンジン」というトロンの標準化プロジェクトを作ったが、組み込み用
OS(基本ソフト)としてはリナックスが国際標準になりつつあり、日本ローカル規格のトロン
が国際標準になる可能性はない。先ごろマイクロソフトとの「和解」が話題になったが、ウィ
ンドウズCEも組み込み型では少数派であり、これは日本むけの「弱者連合」にすぎない。

トロンは、通産省が国内メーカーを集めて共同開発させ、教育用コンピュータの統一規格に決
めたが、実際に開発していたのは松下電器だけで、いつまでたっても商品が出てこないため、
文部省(当時)が反発していた。1989年にUSTR(米国通商代表部)がスーパー301条の報復リ
ストに載せたとき、各メーカーがあっというまに手を引いたのは、「死に体」になっていたプロ
ジェクトから手を引く絶好の口実だったからである。

これを「日本発の標準が外圧でつぶされた」という物語に仕立てるのは、歴史の偽造であり、「
政府が技術開発に介入すると失敗する」という真の教訓を見失わせる。大型コンピュータ中心だ
った1970年代までは、技術革新の方向も予測でき、政府が標準を決めることもできたが、パソコ
ンとインターネットで急速な技術革新が起こる現代のIT産業では、どこの政府にも標準を決める
力はない。いま国際標準を決めるのは、世界の消費者である。

通産省の産業政策が戦後の高度成長を支えたというのは神話であり、競争力があるのは自動車や
家電など、グローバルな競争を自力で勝ち抜いた企業だけである。経済産業省は、過去の産業政
策の失敗にこりて大プロはやめたが、総務省はまだ産業政策の亡霊にとりつかれているようにみ
える。