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地図不具合にみるグーグルの「特別な地位」
2019/3/25 11:45

 米グーグルの地図アプリ「グーグルマップ」の日本向けサービス上で、道路が消えるなどの不具合が起きている。
地図大手ゼンリンから提供を受けるデータを減らす契約変更に踏み切ったためとみられる。背景にあるのが、
地図データ作成・更新の自動化技術の進化だ。グーグルが不具合を起こしてまでサービスを更新するのは、
膨大な位置情報を集められるデータ経済における「特別な地位」があるからだ。

 「段差がある危険な細い裏道が主要道路のように表記されている」「私道が公道扱いされている」
 更新後、ネット上では不満の声が相次いでいる。グーグルは「素早い解決に努めている」とコメントしている。
 日本は地図精度への要求水準が厳しい世界的にも特殊な市場とされる。建物が密集し、狭い道幅で歩行者
と車が行き交うため、雑な地図では利用者は目的地にたどり着けないばかりか、安全が脅かされる可能性すらある。
このため道路の場合、抽象化せずに実際の形のまま、幅の変化などまで反映する地図が求められてきた。
 こうした需要を捉え、ゼンリンは調査員が全国をくまなく歩き、道路の形から建物の細かな区割りまで、きめ細かく
収集している。グーグルも市場のニーズとコストを考え、日本ではこれまで細かいデータの大半をゼンリンに頼らざるを
えなかった。
 だが、地図事業の拡大に向けグーグルが地図向けアプリの開発を他社に依頼するときに、ゼンリンとの契約が邪魔に
なっていた。ゼンリンのデータの利用料が発生するほか、グーグルが使い勝手を良くするために導入したいダウンロード
やコピーに制限がかかるためだ。
 別の選択肢として、公開データを使った米マップボックスのような安価で利用制限の少ない地図サービスも出てきてい
る。グーグルの契約変更に合わせてゼンリンがマップボックスと提携したのは、こうした地図の利便性をめぐる新しい競争
を反映している。
 関係者によれば、契約更新はグーグルから出た話だという。ゼンリン頼みから脱却し、自前データに切り替えた場合の
不満はある程度は織り込んでいたはずだ。同社がゼンリンの細かなデータなしでも利用者が離れない程度まで自社
技術が進化した、と判断した可能性が高い。
 もともと日本における測量や地図作製は、旧陸軍系機関との関わりが深い。「陸上」から足で細かい情報を収集し、
更新してきた歴史がある。だが、今は「空」を使った自動化が業界に地殻変動を起こしつつある。
 人工衛星を使って測定したスマートフォン(スマホ)の位置情報を土台にした移動データが大量に生み出され、機械
学習技術の発達で衛星画像から建物の種類を判定する精度も急速に上がっている。これにカメラ付き車両で集めた
道路周辺画像の解析を合わせると、さらに情報は充実してくる。ほぼ人の手を介さずに生成した地図データの精度が
上がってきている。
 こうした環境で圧倒的に優位な位置にいるのがグーグルだ。集まるデータ量だけでなく、そこから鍛えた分析の力でも
他を圧倒する。スマホの基本ソフト(OS)を握り、地図サービスで高いシェアを持つ同社には位置情報が大量に集まる。
膨大な移動パターンデータから道路の種類を判別する精度を飛躍的に上げられる。
 グーグル地図の更新後に日本で問題となっている箇所は私道、衛星画像で判別しにくい裏道や影がかかった部分
など、自動化プログラムが判別を苦手としている要素が多い。都市部以外ならドローンなどで効率的に確認すれば、
ある程度問題は改善できるが、どうしても自動化しきれない部分は残る。
 これを補うのにゼンリンは調査員を使うが、グーグルが使うのは無料サービスで集めた巨大な利用者網。地図更新後
の利用者の混乱した動き、クレームまで分析することで地図情報を改良していける。偽情報が登録されるリスクは
あるが、全体としては質の向上に有効な手法だ。
 こうした利用者を開発に参加させる手法が可能なのは、グーグルの地図を多くの人が使わざるをえない状況があるため
だ。交通情報や店の評価、道路、建物、地形の画像など便利な情報が集積し利便性が高い。ゼンリンの有償の
高精度地図を自らの負担で無償提供し、便利な情報とひも付け、その対価として移動データを集めてきた。その
長期投資の「果実」を刈り取ろうとしている。