安倍首相はトランプに「使われて」いないか
日米貿易協定は「ウィンウィン」という幻想


1年ぶりに刷新された共同声明は、トランプ大統領にとって「勝利」と言えるものだったようだ(写真:Jonathan Earnst/ロイター)
安倍晋三首相はひょっとしてドナルド・トランプ大統領の再選キャンペーンに加わったのだろう? これが、ニューヨークで開かれた安倍首相とトランプ大統領の首脳会談を見て、彼らが発表した貿易協定を読んだ後、筆者の頭に浮かんだ疑問である。

安倍首相は日本の記者団に対し、これは「お互いにメリットがあること」だと強調した。しかし、アメリカの貿易政策の専門家は、これをアメリカ大統領の勝利、より正確には、トランプ大統領の再選キャンペーンを後押しするものだと考えている。

自らの成果として大いに喧伝する

「これによって、大統領選挙の年を迎えるトランプ氏に対する政治的圧力がいくらか緩和されるだろう」と、国際戦略研究センターのマット・グッドマン氏は話す。「農業部門以外の経済的利益は限られているが、トランプ氏は、彼にとって最初の、そして唯一の新たな二国間取引である合意を、大きな勝利であり、貿易については厳しく詰め寄る彼のアプローチの正当性が立証されたものとして大いに宣伝するだろう」。

茂木敏充外務相のもとで働いていた日本の交渉担当者は、協議に入るに当たりに非常に厳しい立場をとっていた。日本側は、アメリカがすでに欧州連合(EU)および環太平洋パートナーシップ参加国(TPP-11)に与えているのと同じレベルの農産物市場へのアクセスと、関税引き下げをアメリカにも認めるよう、アメリカ側が求めていることを知っていた。日本側がオバマ政権事も同じ問題を交渉していたことを踏まえると、今回は予想以上に譲歩したと言える。

ただし日本側は、自国の要求を通すために農産物を「交渉材料」として使った。その要求とは、いわゆる米通商拡大法232条に基づいて日本の自動車輸出へ追加関税を発動しない、あるいは数量規制を設けないとする、トランプ大統領による明確で文書化された約束だ。日本のある政府高官は、これが今回の交渉における彼らの「越えてはならない一線」であると打ち明ける。

その代わり、今回の共同声明では、農産物に関しては前もって譲歩を見せ、これにについては臨時国会で承認を得る予定だ。一方、自動車およびその他の主要品目についての合意は先延ばしにされ、はっきりとしたスケジュールがないままこの先も交渉が続く。


日本は、交渉中、および協定が履行されている間は、協定の「精神に反する」行動はとらないという言質をとりつけた。これは2018年9月に出された共同声明に記された文言と同じだが、これは232条に基づく訴えへの歯止めにはならなかった。

前述の政府高官は、日本側はこれを「十分な保証」と考えており、安倍首相との2人だけの会談においてトランプ大統領自身が、これは232条に基づく関税が発動されないことを意味する、と明言したと話す。茂木外相も日本の記者団に対し、協定の履行中はこの約束が尊重されるものと理解していると話した。

ニューヨークに拠点を置くコンサルティング会社テネオの日本専門家、トバイアス・ハリス氏も基本的には同じ見方だ。「交渉が始まった1年前の共同声明と同様に、この合意もまた、安倍首相の時間稼ぎ、そして最も有利とは言えない状況をコントロールする動きの1つなのかもしれない」と書いている。

追加関税のリスクは持続する

だが、多くのアメリカ人の通商問題専門家たちはより懐疑的だ。

ブルッキングス研究所のミレーヤ・ソリス氏は、「日本政府がこれをどのようにウィンウィンとして描写するのか想像し難しい」と話す。

中略

一方、トランプ大統領は、この誓約や第232条の問題についてはまったく言及しなかった。さらに重要なのは、日本側はトランプ大統領の誠実さを保つために持っていた最も効果的な“武器”をすでに手放してしまっていることである。

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