経世史論の特別コンテンツで、なぜ長浜先生に「邪馬台国はどこにあったのか?」「日本人はどこから来たのか?」についてご解説頂いたのかと言えば、我が国の古代史には、

1. 自虐史家(戦後の日本の歴史学者の多数派)が日本書紀、古事記を全否定し、神武天皇から開化天皇までの諸天皇は「いなかった」と決めつけている

2. 狩猟採取が中心だった縄文時代の日本に、紀元前200年頃に大陸から渡来人が多数襲来し、水田稲作を伝え、渡来人の子孫の「弥生人」となった

という、完全に間違った「通説」が、あたかも真実のごとく流布してしまっているためです。

特に、「邪馬台国畿内説」「邪馬台国東遷説」は、日本の建国を「邪馬台国」としているため、建国時期を200年以上も後ろ倒しにできます。

卑弥呼の死は西暦247年頃ですが、卑弥呼と何と「天照大神」を同一視する論調までもがあり、しかも結構広まっているのです。(井沢元彦らによる)

実際には、邪馬台国は九州の「旧・山門郡」にあり、卑弥呼の時代の三世紀ほど前に、神武東征が実際にあった。

大阪平野の変遷が、神武東征の時期(紀元前50年以前)を特定したのですが、相変わらず邪馬台国畿内説や東遷説が消えません。

開化天皇以前の天皇(特に神武天皇)を否定したいという、自虐史家たちの政治的意図があるとしか思えないのです。

また、日本人は縄文時代から稲作をしており、水稲にしても紀元前930年「より前」に始まっていたことが確定しています(菜畑遺跡による)。

それにも関わらず、紀元前200年頃に渡来人が水稲を伝えたという通説が消えない。

そもそも、Y遺伝子を見れば、日本人が大陸の人々とは全く似ていないことが明確なのです。

結局、「縄文人+渡来人=弥生人」というおかしな(しかも各種データや遺跡を無視した)発想は、日本人に、「お前たちは結局、大陸から来た中国人や韓国人の子孫なんだよ」と、嘘の情報を植え付けようとしている風に感じられ、率直に言って、気持ち悪くて仕方がありません。

財政破綻論者同様に、「嘘」を広める自虐史家たちも、日本国の繁栄を妨げる邪魔者なのです。

「新」経世済民新聞 2019年10月6日
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