人の噂も七十五日なんて諺(ことわざ)も今は昔。ネット上の流言は、拡散されれば半永久的にこの世界を駆け巡る。これまで被害者は泣き寝入りするしかなかったが、近年は裁判沙汰となるケースが増え、公職に就くセンセイまで訴えられる始末なのだ。

 今年8月、茨城県の常磐自動車道で起きたあおり運転殴打事件では“ネット探偵”と化した人々が、その歪んだ正義感を振り翳(かざ)した。傷害容疑で捕まった男の車に同乗し、暴行の様子を撮影した共犯者・通称「ガラケー女」に間違えられた女性の名前と顔が、ウェブ上で拡散してしまったのだ。

 その女性の容姿や着衣が容疑者に似ていると指摘した画像がSNSに投稿され、それがリツイートやシェアされる形で拡散。結果、被害女性が経営する会社には容疑者逮捕まで誹謗中傷の電話が鳴りやまず、いわば“ネットリンチ”に遭ってしまったのである。

 司法担当記者によれば、

「被害者は、弁護士を介してSNSの運営会社に要請しデマを広めた発信者を特定させ、謝罪と慰謝料を求めていますが、応じない人物を今回提訴したのです」

 10月21日、名誉毀損で東京地裁に訴えられたのが、愛知県豊田市の原田隆司(たかし)市議(57)だ。彼の場合、自らの顔と名前を掲げたフェイスブックでデマをシェアしていたので、記者会見では非を認めて全面謝罪。今月2日には議員辞職して和解を求めたが、原告側は110万円の慰謝料を求めて訴訟は取り下げない構え。事態は泥沼化の様相を呈しているのだが、何故ここまで拗(こじ)れてしまったのか。

「和解が成立しない理由は、私が(慰謝料を)払いませんと言ったからです」

 と話すのは、被告となった原田氏ご本人。辞職前に公開した謝罪動画や、会見では明らかにしなかった胸の内を、こう吐露する。

「行為自体は軽率でしたが、根本の原因を作った人間にこそ問題があるというのが私の意見です。女性を犯人扱いする画像を作成、投稿した最初の人間が表に出て謝罪していないのに、私がお金を払う必要はありますか」

「新手の振り込め詐欺」

 俄(にわ)かには頷き難い理屈だが、原田氏は仮定の話と断った上で持論を展開する。

「慰謝料を求める女性と、彼女を犯人扱いした画像を作った人物が、私のような拡散する人間を陥れるために繋がっていたのなら、新手の振り込め詐欺です。もちろん、訴えた女性が関係ないなら本当に申し訳ないけど、そうでないなら私も被害者。拡散した人は大勢いるのに、その中の一人が100万円も要求されるのは、ある種の恐喝だと私の弁護士さんも言っています。恐らく拡散した人間の中で、最も肩書きがあったからだとは思うのですが……」

 そうまで逞しい想像力を、なぜ拡散する前に発揮できなかったのか。大いに疑問は残るが、彼の怒りのボルテージは上がる一方で、こんな主張も口にする。

「最初の画像を投稿した奴を私は名誉毀損で訴えたい。議会や私の事務所には、“刃物を持って議会に行くぞ”という殺人予告を含めた脅迫が相次いでいます。その原因を作った奴が誰なのか、こちらも突き止める必要があります。裁判で私は100万円を請求されていますが、これが確定して私の額が基準となってしまえば、賠償額はサラリーマンなら10万円、学生なら5万と決まっていくそうなので、申し訳なく思ってます」

 憤る余り、謝る相手を見失いつつあるご様子で……。ともあれ、近年多発するSNS被害。これを拡散させる責任の代償はいくらになるのか、相場が作られる要注目の裁判である。

「週刊新潮」2019年11月14日号 掲載

2019年11月15日 5時59分
デイリー新潮
https://news.livedoor.com/article/detail/17382809/