スマホとパソコンで、いつでもどこでもつながってしまう時代。仕事から離れて、リフレッシュするためにはどうしたらいいのか。先進的に取り組む企業がある。AERA 2019年12月23日号で「つながらない権利」について取材した。

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「すごく気持ちが楽。心の負担がなくなりました」

 採用管理システムを提供する、東京都の「イグナイトアイ」の小田島梓央(しお)さん(28)は、パソコンの手を止めると微笑む。

 2017年に今の会社に転職してきたが、前職は求人広告会社の営業職でいわゆる「ブラック」な職場。特に繁忙期などは、休日に家で休んでいる時であろうと、外出先であろうと、クライアントから資料の催促などの電話がおかまいなしに鳴った。その都度、対応に追われた。

 対応しなければ取引を打ち切られてしまう。そんな不安から、いつ電話がかかってくるかが常に気になり、ストレス以外の何ものでもなかった。それが、転職して一変した。

 勤務時間は基本的に朝10時から夜7時。それ以外は原則、連絡が来てもすぐに対応する必要はなく、翌日か休み明けでOK。休日は、社用の携帯電話は自宅に置いて遊びに行くという。

 オンとオフがきっちり区別できるのは、「つながらない権利」のおかげだ。同社では、50人近くいる社員に対し、勤務時間外の電話やメール対応をしなくていいという取り組みを実施している。勤務時間以外は、「つながらなくてもいい」ことを権利として認め、プライベートの自由をきちんと確保しているのだ。

 つながらない権利は世界が注目している。フランスでは法律でも認められた。勤務時間外や休日に会社からの連絡を拒否できる労働者の権利だ。16年に労働法改正の一環として成立した。

 労働法が専門の青山学院大学の細川良教授(法学部)によれば、つながらない権利はヨーロッパ全体で10年代から議論が広がっていったという。ホワイトカラーの過重労働によるメンタル疾患の問題などが背景にある。

「携帯電話やインターネットの普及で私生活にも仕事が入り込むようになると、デジタルツールとの付き合い方を考えるようになった。とりわけフランスは、プライベートを重視するので、私生活が侵されることへの不満が強い。そうしたことが複雑に絡み合い、フランスでは立法化されました」(細川教授)

 その後も17年にイタリアで同様の権利が法制化され、米ニューヨーク市でも現在、条例案の審議が進む。

 つながらない権利をイグナイトアイで導入した目的を吉田崇社長(40)はこう話す。

「社員が健康で働けるために打ち出した取り組みが、つながらない権利を守ること。プライベートが充実してこそ、仕事も充実します」

 同社は13年の設立。会社が成長し残業も多くなるなか、社員の業務負荷を減らすことで定着率を高めるため、この取り組みを打ち出した。顧客には、事前に対応可能時間を説明し、それ以外なら連絡が翌営業日になることを理解してもらっている。取り組みは努力目標だが、効果は会社の業績にも表れた。

「社員のやる気もアップし、会社の売り上げは、取り組み前に比べ2倍近くアップしました」(吉田社長)

https://dot.asahi.com/aera/2019122000014.html?page=1
2019.12.23 07:00