野ぐそ生活46年、“うんこを土に還す達人”を意味する「糞土師(ふんどし)」を名乗る伊沢正名さんが2019年12月に刊行したものだ。■うんこは生命循環の源である

 伊沢さんはキノコやコケの写真家として長年活動し、自然に親しんできた。そのなかで動物の糞や死骸は他の動物に食べられ、あるいは菌類に分解されて役立てられ、ミミズや菌類が排泄したものによって栄養ゆたかになった土を求めて植物が根を伸ばし、その植物を草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が食べるという生命の循環に気づいた。

「糞尿は病気のもと」というイメージが根強い。しかしそれは自然が分解しきれないほど大量の排泄物を一度に土や河川、海に流す、あるいは分解する菌類がいないコンクリート等でできた都市で生じる問題だ。

 人口密度の高い都市部以外では、人類は疫病を蔓延させることなく適量を自然に還してきた時代・地域の方がマジョリティである。日本でも化学肥料が普及する以前はうんこは肥料として高値で取引され、有効活用されていた。

 ただただうんこを忌避する今の日本人のうんこ観は、せいぜい数十年の歴史しかない、きわめて新しいものだ。

 この本「ウンコロジー入門」はそうした新しい常識に染まりきった私たちに再考を促す。伊沢さん自身が林の土に埋めたうんこがネズミやイノシシ、アリやフン虫などに食べられ、腸内細菌やカビ、キノコなどの菌類に分解され、そこに植物の根が伸びてきたり、芽生えがあらわれるまでの調査記録も克明に綴られている。

「林でうんこをすれば分解して土に還ると頭ではわかっていたけれども、実際に足かけ3年にわたる野ぐそ跡掘り返し調査をやったのは、野ぐそを始めて30年以上経った2007年から。もう、世界観が変わりました」

 伊沢さんは「人間が生み出すもので他の生物の役に立つのは、うんこと死体だけ」と語る。動植物やキノコを食べて命を奪った人間が、自然に栄養を返し、生命の循環に参加する行為が野ぐそなのだ。

こう言っても「変わった人がいるんだなあ」くらいの感想しか抱かないかもしれないが、災害大国日本では、いつトイレの機能が停止してもおかしくない。

 実際、震災などで電気も水道も止まれば、水洗トイレはたちまち使用不能に陥る。そこで新たな防災対策では、携帯トイレとトイレットペーパーを備蓄し、燃えるゴミへの移行を推奨するようになったが、先の熊本地震のようにゴミ焼却場が被災してしまえば、それも不可能。南海トラフ巨大地震が起きたとき、静岡県富士市の海岸沿いに集中している製紙工場が機能停止すれば、紙の供給も滞り、うんこが出せない、拭けない、燃やせないという最悪の事態になってしまう。

 ところが茨城在住の伊沢さんは、東日本大震災で電気が5日間、水道が3週間も止まったが、野ぐそをし、葉っぱで拭くスタイルを実践していたため、普段通りすごせたという。

■野ぐそ感度が高いのは女性と子ども

 しかし、女の人が野ぐそをするのは危ないのではと振ると、「講演会には女性のほうが来ます。どちらかというと女の人のほうが勇気がありますね。若い男が一番だめ」と言う。つい先日も伊沢さんの家にうんこを扱った創作劇の取材で訪れ、庭で野ぐそをしていった若い女性がいたそうだ。

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