トヨタ自動車は16日、「空飛ぶクルマ」を開発する米スタートアップ、ジョビー・アビエーションと提携すると発表した。3億9400万ドル(約430億円)を出資し、生産技術や電動化のノウハウを供与し、機体の早期量産を目指す。参入を決めた「スマートシティー」で活用する可能性もあり、トヨタが掲げるモビリティー(未来の移動体)の経済圏が広がる見通し。空の世界を巡る自動車大手の戦いで、ホンダは自社の小型ビジネスジェットに今後も軸足を置く。両社の戦略の違いが鮮明になっている。

近年、空飛ぶクルマは自動車の自動運転技術とともに世界各地で開発が進む。都市部の渋滞緩和など様々な交通課題の解決につながるからだ。「空のモビリティーの実用化はトヨタ創業以来の夢。人々の移動と生活を大きく変革する可能性を秘めている」。16日に出したコメントで、豊田章男社長はこう意気込んだ。

トヨタが2019年末に出資を完了したジョビーは09年に創業した。垂直に離着陸し、ヘリコプターやドローン、小型飛行機の特徴を併せ持つ電動の機体「eVTOL(イーブイトール)」の開発を進める。ジョビーは渋滞が深刻な都市圏の通勤用などの需要が期待される「空飛ぶタクシー」の提供を目指している。

「人々の様々な移動を提供するモビリティーカンパニーに変革する」。豊田社長は18年1月、米家電見本市「CES」で開いたスピーチで、自動車の製造会社からの脱却を初めて宣言した。

その後、米ライドシェア最大手、ウーバーテクノロジーズやソフトバンクグループなどとの提携戦略を本格化し、クルマにまつわる事業領域の拡大を急いでいる。コネクテッドカー(つながる車)や自動運転の電気自動車(EV)などの実用化に道筋をつけるなか、ジョビーとの協業で従来の延長線上ではない「空の世界」という新たなピースを加えたことになる。

くしくも今年1月のCESでは、トヨタはあらゆるモノやサービスをネットでつなげる「スマートシティー」への参入を発表したばかり。第1弾として静岡県裾野市に建設し、21年初めの着工を目指す。敷地面積は約71万平方メートルもある一つの「大型都市」で、当初からトヨタの従業員や関係者ら約2000人もの居住者を見込んでいる。

「ゼロから街を作り上げるのは、将来の技術開発に向けて非常にユニークな機会になる」。(豊田社長)。日本でクルマの次世代サービスを核にした地区を設けるのは異例とされる。ジョビーとの協業による空飛ぶクルマの量産時期は未定ではあるが、豊田社長が「ゼロから」と強調するだけに、トヨタが手掛けるスマートシティーに「空」という大きな武器が加わる可能性もある。

一方、ホンダはトヨタとは対照的な戦略を進める。「空飛ぶクルマはまだ自由にいろいろと発想している段階だ」。19年7月の技術説明会で八郷隆弘社長はこう述べた。

15年に商品化したホンダジェットの世界納入機数は、18年まで2年連続で小型ジェットの部門で世界首位だった。ただホンダの航空機事業は先行した開発費などがかさみ、赤字が続いている。「ジェットもまだ収益化には至っていない」(八郷社長)。空飛ぶクルマについては、将来構想の1つとして研究している段階にとどまっている。

とはいえ、世界で都市部への人口集中が進むなか、将来の空飛ぶクルマの活用は注目されている。米モルガン・スタンレーは40年までに、空飛ぶクルマの全世界の市場規模が1兆5千億ドル(約165兆円)に成長すると予想している。

特に滑走路が不要で、環境性能に優れるeVTOLは、空飛ぶクルマの「本命」ともされている。電動化や量産化の技術などでは自動車メーカーとの親和性が高いことから、世界大手がこぞって参入を表明している。

1月には韓国・現代自動車がウーバーと空飛ぶタクシーの開発で提携すると発表。独ダイムラーはスタートアップの独ボロコプターに出資し、独ポルシェは米ボーイングと組んで開発を急ぐ。

トヨタはジョビーに「トヨタ生産方式(TPS)」のノウハウをつぎ込み、品質とコストを両立した機体を実現したい考えだ。「トヨタの真骨頂はTPSと原価低減」(豊田社長)。トヨタは社員らがつくった有志団体に協賛するなど、これまで空飛ぶクルマに関心を示してきたが、事業化に向けた本格的な動きは今回が初めてになる。

世界で自動車販売が伸び悩むなか、「空」を巡る各社の競争が熱を帯びている。陸に続く、新たな主戦場を制するのはどこか。将来の自動車大手の成長を左右するのは確実だ。(押切智義)

2020/1/16 13:16
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54449620W0A110C2I00000/