新型コロナウイルス対策で、重症患者の救命を優先する道を選んだ日本。「PCR検査が少ない」「緊急事態宣言が遅い」と批判も受けながらも死者数を比較的抑えてきたが、感染爆発や医療崩壊の危機が去ったわけではない。各国がウイルスとの戦争状態のなか、日本はこのままでいいのか。医師で京都大学医学研究科非常勤講師の村中璃子氏が緊急寄稿で問題提起する。



 4月7日、緊急事態宣言が発令された。1週間前の国内メディアは「今の東京の流行曲線はニューヨークにそっくりだ。あと2、3日で流行爆発が起きる」と報じていたが、幸い東京はニューヨークにはなっていない。

 3月28日、英インペリアル・カレッジが欧州11カ国の都市封鎖などの効果を評価する報告書を発表した。流行初期の段階で介入を始めたドイツや英国と、感染が拡大してから介入したイタリアやスペインでは、どんなスピードで流行が拡大し、どのくらいの人が感染したのかなどを初めて数値で評価したものだ。

 この報告書のいいところは、各国の感染者数はいっさい考慮せず、死者数だけを解析対象としている点だ。理由は「国ごとにPCRの検査対象もキャパシティも異なるから」。一方、「死者数」はPCRの対象やキャパシティに左右されることのない絶対値である。

 日本では当初から「発熱4日以上もしくは感染を疑う行動歴」という粗い網をかけ、見逃しを前提としたPCR検査態勢を取ってきた。PCRにリソースを割くよりも、感染が広がれば一定の割合で出てくる重症患者の救命に医療を集中させ、医療崩壊を防ぎながら流行を乗り切ろうというのが基本のコンセプトだった。

4月1日発表の日本集中医療学会理事長の声明によれば、わが国で実際に新型コロナの患者に充てることのできる集中治療室(ICU)病床の数は全国で1000床弱。そこでいま重症者(ICUで人工呼吸器を使用)と、そこから一定の割合で生じるはずの死者の数を見てみたい。

 3月1日から31日の1カ月間の範囲で重症者数を見てみると、20日頃までゆっくりと増加した後は平坦(へいたん)になり、感染者数の増加率に比べるとかなり緩やかなカーブを描いている。

 4月に入ってからは、1日には60人だったが、4日には69人、7日には80人となり、9日には109人と大台を超え、増え方が急ピッチになったようにみえるが、まだICUには余裕がある。

 死者数は、3月中はおおむね1日に1人から4人の範囲で推移。4月に入ってからは7日に7人を報告したが、8日までの平均はやはり1日4人以下に収まっている。

 このように、ニューヨークに似ているようにも似ていないようにも見える日本の流行曲線だが、問題はここからだ。日本では特措法に基づく緊急事態宣言が、新型コロナに対する最も厳しい介入手段である。しかし、外出自粛や休業は要請ベース、制限を破ったところで罰則もない。もったいぶって出したはいいが程度の問題で、やることは以前と同じだ。

 これに対し、海外メディアからは「実行力がない」との批判が起きた。日本では私権を制限する、ひいては憲法改正につながるとして反対のデモが行われたりした。

しかし、私が心配しているのは、海外からの目でも、外出するなといわれているのにデモに出かけてしまった一部の人たちのことでもない。緊急事態宣言の指示や要請どおりに我慢を続けても、東京がニューヨークになってしまった場合のことだ。現場の医療者とICUのベッドに余裕がなくなれば、救える命も救えなくなることを私たちは知っている。

 米国をはじめとする多くの国にとって、感染症は国防の問題だ。国が戦うべき相手は必ずしも国である必要はない。災害でも病気でも国民の命や生活を脅かすものであれば、国を挙げて戦うという考え方だ。

 もちろん、日本式ののんきな緊急事態宣言でウイルスを押さえ込める可能性もある。私は法の素人で、本当に憲法に手をつけなければならないのか、そのあたりはよく分からないが、これは市民権と国家権力との闘いではない。ウイルスとの戦いだ。ウイルスに奪われた私たちの自由を取り戻すために有効な切り札が必要だ。そして何よりも「STAY HOME」(家にいなさい)」。

2020.4.10
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/200410/dom2004100008-n1.html
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