線虫「カエノラブディティス・エレガンス(以下、C. elegans)」は、寿命が短いため、老化研究のモデル生物として知られています。
生後2日半で成虫になり、子孫を残した後すぐに絶命するため、平均寿命は、2週間から長くて3週間ほどです。

なぜ、これほど早く寿命を終えるのでしょうか。
その答えが、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの最新研究により提示されました。

なんと線虫たちは、生まれる前から早死にするよう遺伝子的に決定されており、早死にすることが結果的にコロニー全体の利益になるというのです。
いったいどういうことなのでしょうか。

2ヶ月以上も生きられる「無敵モード」がある

C. elegansは、他生物に寄生せず、自由に生きる線虫の1種で、体長はわずか1ミリほどです。
1匹は、およそ1000個の細胞からなり、そのすべてが顕微鏡で観察できるので、受精?成虫になるまで全過程を追えます。

C. elegansは、雌雄同体がほとんどで、1000匹に1匹の割合でオスが生まれます。
基本的には、雌雄同体からクローンのように子孫が残されるのですが、オスが交配する場合は、その精子が雌雄同体の持つ精子に優先して卵と受精し、雑種の子孫を産むそうです。

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生まれた幼虫は、25度程度のエサが豊富にある場所なら2日半で成虫になります。
幼虫は、図にあるように、L1から4段階の成長プロセスがあり、L4の次からが成虫です。
しかし、高温でエサがなく、個体密度が高すぎるなど、環境が悪化すると、途中で発生パターンを切り替えて、「耐性幼虫(dauer larva) 」となります。

個体のライフサイクル
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耐性幼虫は、体が非常に細く、繁殖能力もないのですが、乾燥や高温に強くなり、エサのない状態で75?80日も耐えられるのです。
耐性幼虫になれば、寿命より圧倒的に長く生きられますが、それは充実した生ではないでしょう。

「コロニー」のライフサイクル

以上が、個体のライフサイクルとなりますが、近年の研究で、コロニーのライフサイクルの存在が明らかになりつつあります。
野生のコロニーを観察した研究によると、C. elegansの集団密度は、激しい増減を繰り返すことが判明しました。

まず、野生のコロニーがエサ場に遭遇すると、そこに定住して急激に数を増やします。しかし、同時に食料が枯渇するので、一気に数が減り始めます。
これが、耐性幼虫を部分的に生み出すきっかけとなっていました。

コロニーのライフサイクル
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耐性幼虫が再びエサ場に遭遇すると、数が再び急増し、また食料枯渇に陥ります。あとは、これの繰り返しです。
しかし、もしも成虫の寿命が長く、繁殖時期までに時間がかかるなら、子孫を残す前にエサ場を食い尽くしてしまい、コロニーは絶滅してしまうでしょう。

けれども実際は、食料が尽きる前でに複数の耐性幼虫が残されています。
ここで研究チームは「成虫の早死が、コロニーの生存レベルを引き上げているのではないか」と仮定しました。

「早死」がコロニーを救っていた?

研究チームは、それを検証するため、コンピューターモデルを用いたシミュレーション実験を行いました。
モデル実験では、食料供給を制限した状態で、コロニーが成長する状況を設定しています。また、成虫の短寿命が、コロニー全体の繁殖率を高めるかどうかもテストされています。
その結果、短寿命や成虫の摂食率が低下することにより、コロニーの生存・繁殖率が高まることが判明しました。

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しかも、研究チームのモデル説明では、コロニーの全員ではなく、一部が短寿命になるというのです。
具体的には、食料が枯渇していく中で、上図のように、「子孫を残せる線虫」と「早死にする線虫(L1s)」に分かれます。

成虫(赤)になったL1sは、早死にすることで、前者の繁殖可能な仲間たちに食料を残します。つまり、一部の早死にが、コロニーの存続を可能にするのです。
この結果は、あくまでモデル上での可能性ですが、実証されれば、遺伝子的に早死が決定される初の生物となるかもしれません。
研究の詳細は、4月16日付けで「Aging Cell」に掲載されています。

https://nazology.net/archives/57114