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2020/04/30(木) 20:18:21.32ID:rn6P8Ngo9【画像】水俣病胎児、幼児世代訴訟の主な争点と控訴審判決
「ただベッドに寝ているだけだから、これからどうなるか想像できない」
4月上旬、1人暮らしをする熊本市のアパートで取材に応じた大堂さんは、ぽつりと漏らした。
チッソが水俣工場の排水を止める9年前の1959年、鹿児島県長島町に生まれた。町東部の不知火海側海岸に近い半農半漁の家で育った。大堂さんを妊娠中も好物の魚を食べ続けた母親は手足のしびれなどの症状があり、95年の政治解決による救済対象になった。
生まれつきの脳性まひで肢体不自由や言語障害があり、幼少期は養護施設で過ごした。20代ごろには短時間であれば歩けるほど体力が回復したが、40代半ばに再び歩行困難に。年々頻度が増す感覚障害やこむら返りにも苦しんできた。
2014年3月の熊本地裁判決は、脳性まひと感覚障害について「胎児、乳児期にメチル水銀を摂取したことに起因すると認めるのが相当」と認定。介護費用などを含めた賠償額1億500万円は、水俣病関連訴訟で過去最高だった。
患者認定申請を2度棄却されていたが、司法から胎児性患者に見合う被害補償を認められ、障害年金などに頼った生活に少しゆとりができた。だが、2年前に誤嚥(ごえん)性肺炎を患ってからは寝たきりになり、出廷も難しくなった。
そして今年3月13日の福岡高裁判決。家族に認定患者がいないことなどから、高濃度の水銀の影響を否定され、脳性まひについては、分娩(ぶんべん)中の頭部圧迫などによる新生児仮死が引き起こした可能性があるとした。
「まさか。誰も認められんでびっくりした」。アパートで見ていたテレビで高裁判決の内容を知った。自身の逆転敗訴については「裁判に行けなかったことが影響したと思う」と言葉を振り絞った。
大堂さんは訪問介護を利用しているが、介助者1人では不便なことが多いという。自費で1人増やすことも考えたが、敗訴が確定すれば、受け取った賠償金を返さなければならない。
原告8人全員が二審判決を不服として上告した。最高裁で審理されるかどうか、現時点では不透明だが「みんなで闘って、(水俣病認定を)勝ち取っていかないといけない」。かみしめるように言葉をつないだ。 (村田直隆)
4/30(木) 15:53配信
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