平成30年夏、大阪府警富田林署から脱走し、49日間の逃走生活を続けた樋田(ひだ)淳也被告(32)が、
大阪地裁堺支部での公判で、事件の大半に第三者が関与したとする主張を展開している。
面会室の仕切り板を壊したのは「知らない人」、逃走前のわいせつ・窃盗事件は「ヨダソウマがやった」−。
これに対し、検察側は逃走の計画性を示す証拠などを突きつけ反論。
練られた逃走計画だったのか、謎の人物の関与があったのか。法廷での攻防をまとめた。

大胆な逃走生活

30年8月12日夜、富田林署。
強制性交未遂などの容疑で逮捕・勾留中だった被告は、弁護士との接見のため面会室に入っていた。

すでに約2時間が経過。「さすがに長いな」。
署員が室内の様子をうかがうと、面会室の仕切り板がこじ開けられ、中はもぬけの殻となっていた。
「逃げられた!」。署員の叫び声と非常ベルの音が、署内に響いたという。

前代未聞の逃走を許した大阪府警。
全国に指名手配して行方を追ったが、なかなか足取りをつかめない。

それもそのはず。
被告は逃走後、盗んだ自転車で日本一周旅行者を装い、関西から中四国地方へ移動していた。
「桜井潤弥」という偽名を使い、写真撮影に応じる大胆さも見せていた。

山口県内の道の駅で発覚した万引をきっかけに、49日目で幕を閉じた逃走生活。
風貌は丸刈りで真っ黒に日焼けし、手配写真とは別人のようだった。
その後の取り調べでは黙秘を貫いたとされる。

「自分じゃない」「荒唐無稽」

今年2月の初公判。通常は2人の刑務官が8人に増員されるなど厳戒態勢となった法廷で、被告はようやく口を開いた。

「逃走は認めるが、仕切り板を壊したのは自分ではない」。
施設や器具を壊して逃げることで成立する加重逃走罪(懲役5年以下)ではなく、犯行は単純逃走罪(同1年以下)にとどまる、と主張した。

被告によると、逃走当日の流れはこうだ。

《弁護士が面会室から退室した後、30〜40代の男が入ってきて、「捜査1課の調べは大変やろ」「ちょっと待ってな」と話しかけてきた》

男については「見知らぬ顔。警察の関係者だと思った」という。その上で説明を続けた。

《机に顔を伏せているとガタガタと音が聞こえた。顔を上げると仕切り板が壊れていた。男の姿はなく、逃げられると思って逃げた》

ずさん留置体制に穴?

この主張に「荒唐無稽だ」とあきれ返ったのは検察側だ。
証拠を次々と突きつけ、犯行の計画性を証明しようとした。

まずは被告の居室に金属片やプラスチック片が隠されていたことを明かし、これを使い、居室のトイレの間仕切り板を外そうとした形跡があったと指摘。
面会室の仕切り板も、同様の方法で外されたとした。

次に提示したのは署員の勤務日をカレンダー上に記録したメモだ。
「逃走の予行練習やタイミングを計画していたことは明らかだ」とし、仕切り板を壊したのは被告本人だと反論した。

対する弁護側は、富田林署の留置体制のずさんさを挙げ、検察側の主張には穴があると訴えた。

実際、面会室の扉の開閉を知らせるブザーは電池が抜かれていた。
「ブザー音がうるさい」との理由で署側が外していたのだ。
また留置場担当の署員は、内規で禁じられたスマートフォンを見るなどしており、2時間以上誰も面会室の様子を確認していなかった。
弁護側は、こうした事実関係から、被告の言う「第三者」の存在は否定できない、と力を込めた。

被告は、逃走以外の強制わいせつやひったくり事件でも、第三者の関与を主張している。

被告によると、事件を起こしたのは「ヨダソウマ」という人物だ。
直前に知り合ったといい、被告に格好が似ていたなどと説明する。

ただ検察側は、被告自身がヨダの連絡先も知らず、公判段階になって初めて「ヨダ犯人説」を持ち出した経緯を挙げ、「そもそもこの人物の存在自体が疑わしい」。
ある捜査関係者は「後ろから名前を読んだら『ま、ウソだよ』。
そういうことだろう」と憤慨した様子で解説する。

逃走前後の21件の罪で起訴された被告。
公判は裁判官のみの裁判と、裁判員裁判に区分して行われている。
逃走を含む18事件については、5月8日に有罪か無罪かを示す部分判決が言い渡される予定だ。

産経新聞 2020.5.5 14:00
https://www.sankei.com/premium/news/200505/prm2005050005-n1.html