新型コロナウイルスで外出が自粛され、大型連休でも旅行する人はほとんどなく、観光地の風景は様変わりした。コロナ問題は「長期戦」の様相となり、安倍政権が掲げてきた観光立国という戦略も、大幅な見直しを余儀なくされている。観光業はこの先、存在意義をどこに見いだすのか。大分県由布市まちづくり観光局代表で、温泉旅館を経営する桑野和泉・玉の湯社長に聞いた。

 ――旅館の休業を決めたきっかけは。

 「政府の緊急事態宣言が出る直前の4月最初の週末、『海外旅行に行けないから』と話していた宿泊客がいた。地元の大分ではまだ感染拡大が深刻になっていなかったが、営業を続けることで県外の地域の人に移動を促し、感染リスクを高めかねない怖さを実感した。大都市のように地域の医療体制が整っていないことも、心配だった」

 ――地元の由布院温泉では、ほとんどの宿泊施設が休業しているのですか。

 「感染対策をとって営業しているところもある。先が見えず、休業が長引けば経営は持たない、との気持ちからだろう。国や自治体による休業支援は用意されてはいるが、その対策で何とかなる、という現実味がないことも影響しているかもしれない」

 ――どこに不安を感じますか。

 「収入がほぼゼロになれば、宿泊業は数カ月程度の資金繰りがやっとだ。政府は人の移動を抑えて感染の拡大を防ぎ、中小企業の事業継続と雇用維持にも力を注ぐと言っている。ただ、緊急経済対策のなかで1・7兆円を充てている『Go To キャンペーン』にどれほどの優先度があるのだろうか。経営をいま続けられなければ、収束後に消費を喚起するどころではない」

 「また今後、コロナ問題が収束したとしても、観光のために移動する際に『密集』するリスクはあり、様々な制約は残るだろう。観光客の数を再び増やすため、短期間に多くの人が動く従来型の施策がコロナ後も通用するのだろうか」

 ――外出の自粛でそれぞれが新たな生活スタイルに進んでいるなか、宿泊業の将来を描けますか。

 「休業で時間があるなか考えたことは、宿泊だけで収益をあげる発想から脱して、知恵を出す時期だということ。テレワークが当たり前になるなら、仕事の場所として宿の部屋を長期に企業に提供できないか。夕食に出していた鍋のスープをネット販売できないか。まずは足元からだが、様々なアイデアが出てくる。東京のフランス料理のシェフをはじめ、地域や業界を超えた人たちとオンラインでつながることで、アドバイスも勇気ももらっている」

 ――旅行や観光は、この先も「不要不急」なのでしょうか。

 「『不急』なのかもしれないが、『不要』ではないと思う。家にいて昨年の連休の旅を思い出している人もいるだろう。音楽やさまざまな文化と同じで、生きていくうえでの力の一つと信じたい。コロナ問題が長びくなかで、感染リスクを抑えながら観光や旅行をする新しい形がこの先、つくられていくのではないか」(聞き手=編集委員・伊藤裕香子)

朝日新聞デジタル 2020年5月6日 11時00分
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