男性の中には濃くて立派なあごひげを蓄えている人もいますが、毎日あごひげをそって整えている人は「どうして必要もないのにひげが生えてくるんだ」と面倒に思うこともあるはず。オープンアクセスの比較生物学誌であるIntegrative Organismal Biologyに掲載された論文で、「あごひげはパンチなどの攻撃から身を守るために発達した可能性がある」と研究者が主張しています。

男性と女性にはさまざまな身体的特徴の違いが見られ、中でも顔に生えるひげの量は男女で極端に異なっています。しかし、なぜ人間の男性においてのみひげが発達したのかについては、はっきりしたことがわかっていませんでした。たとえば、ライオンのオスに生えている立派なたてがみについては、敵対する個体の爪や歯から身を守るためのものだと研究者らは指摘していましたが、人間のあごひげは「女性を引きつけるための単なる飾りではないか」との意見もあるとのこと。

ユタ大学の研究チームは、「人間を含めた類人猿に見られるほかの個体への肉体的攻撃は、ほとんどオス同士で行われる」「人間が素手で戦闘する際、攻撃のターゲットは顔面が主となる」「男性は女性と比較して戦闘による顔面の負傷が68〜92%も多い」といった点から、人間のあごひげが顔面への攻撃から身を守るために進化したのではないかと考えました。濃いあごひげはパンチなどのエネルギーを分散・吸収し、顔の皮膚や骨を保護するために役立つ可能性があると研究チームは指摘。

このアイデアを検討するため、研究チームは人間の骨の表面を構成する緻密骨に類似した特性を持つ材料を使って顔の骨のモデルを構築しました。また、人間の死体からあごひげを生やした皮膚サンプルを入手することが困難だったため、食肉処理場から購入したヒツジの皮膚サンプルを用いて骨のモデルを包んだとのこと。ヒツジの毛は人間のあごひげと全く同じというわけではありませんが、サンプルの全体的な毛量などを考慮すれば、人間のあごひげとかなり近くなるそうです。

研究チームは「毛を引き抜いた状態」「毛を約0.5cm以下の長さにトリミングした状態」「長さ約8cmほどの毛が生えたままの状態」という3つの条件で、生理食塩水に浸して生きた組織と同レベルの水分を含ませた皮膚サンプルをテストしました。これら3つの条件は、いずれも人間の「あごひげがない状態」「あごひげをトリミングした状態」「あごひげをたっぷり生やした状態」を再現するものでした。

そして、骨のモデルを包んだ皮膚サンプルの上から直径約3cm、重さ4.7kgの棒を落とす落下重量衝撃試験を実施。研究チームはさまざまな条件で棒を落下させ、毛の有無がどれほど骨に与える衝撃に影響を与えたのか評価しました。

実験の結果、毛がなかったり短くトリミングされたりした状態では95〜100%の骨モデルが破損した負荷設定でも、毛がたっぷり生えている状態では45%のモデルしか破損が確認されませんでした。また、毛がたっぷり生えている状態では衝撃を受けてから破損するまでの時間が長くなったそうです。毛がたっぷり生えている状態はそうでない状態と比較して、衝撃のエネルギーを30%ほど吸収することが示されたとのこと。

研究者らは、「この研究結果は毛が打撃からの衝撃を大幅に軽減し、エネルギーを吸収し、深刻な負傷の発生率を減らすことができると示しています」と述べ、「顔の脆弱な部分を保護して戦闘のパフォーマンスを向上させるためにあごひげが進化した」という仮説と一致していると主張しました。

https://gigazine.net/news/20200514-mens-beards-evolve-impact-protection/
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