実家の父親の葬儀にも参列できない
 すると、地方出身者は「実家に帰ればいい」ということになると思えるが、いまはまだ、そう簡単にはいかない。これまで全国で唯一の感染者ゼロを守り通す岩手県で起きたあるケースを、同県在住ジャーナリストが明かす。

「地元紙の岩手日報に掲載された記事がこちらでも物議を醸しました。緊急事態宣言が出ていた5月、東京に住む女性が岩手県内で営まれる父親の葬儀に参列しようとしたところ、親族から“参列者に迷惑がかかる。戻って来るな”と言われたというのです。女性は今回の規制がなんらかのルールに抵触する恐れがあるのかと心配になり、県庁に問い合わせたそうです。

 それに対し、県担当者は“親族の葬儀は不要不急の外出に該当しない”と回答しました。そこで女性は帰省を強行したものの、今度は家族から“万が一、おまえがウイルスを岩手に持ち込んで感染が広がったら、自分たちはここに住めなくなる”と懇願され、ついに参列を諦めたそうです」

 東京在住というだけで親の葬儀にも出られないとは、悔やんでも悔やみきれない。埼玉県出身の女性も、高齢でひとり暮らしの母を心配し、緊急事態宣言中は毎日のように実家に電話をし、自粛が明けるとすぐさま帰省した。ところがだ。

「緊急事態宣言中は“ご近所の目があるから帰ってこないで”とは言われていました。ようやく喜んでもらえるだろうと思ったら、母がご近所に“明日、東京から娘が戻りますが、お許しを”と、お詫びの菓子折りを配っていたんです。ショックでした」

こんな殺伐とした現状について、東京女子大学教授(情報社会心理学)の橋元良明さんはこう話す。

「まだ大学も対面での授業ができないので、実家に帰っている学生が多い。ところが、やはり岩手県出身の学生は実家から『周囲の目がある。帰ってこないで』と言われ、やむなく東京に留まっているようです」

“東京菌”ともいえるこの風評被害を聞いて思い出すのは、2011年の東日本大震災後のこと。放射能検査をクリアしているにもかかわらず、「東北産の農産物は放射能に汚染されている」などという心ない流言が広がった。

「平時には意識されませんが、実は日本社会にはいまだに“ウチ”と“ソト”の間の壁があり、特別なことが起こると、それが“ヨソ者”を排除する力として作用する。今回も連日の報道で『東京=コロナ感染者』という度を越したイメージがつき、いわば中国での『武漢出身者』と同種の視線が向けられている。『ケガレたヨソ者を排除しよう』という心理が働いていると思います」(橋元さん)

 このヨソ者排除の「ムラ意識」は、東京を含め日本のどこにでもある意識だと、橋元さんは言う。

「もともと日本は、島国で山地が多いことから、地域間の風通しが悪く、“ムラ意識”が発達しやすい。他国と地続きのヨーロッパやアメリカは多民族社会であって地域的流動性も高く、こういった意識が低いことと比べると、かなり対照的です」

 わが国独特といってもいい状況のようだが、今回のコロナ禍においては特別な事情もある。目に見えないウイルスであり、無症状感染者も多いことで、「誰が感染者かわからない」と疑心暗鬼を生じる。これが不安や恐怖をあおり、人々は“ヨソ者”の排斥に駆り立てられるのだ。

 こうして、故郷である地方へ帰ることができなくなった人たちは東京に閉じ込められる。だが、“復活”に向かって動き始めたこの街でも、彼らが安心して暮らすことは難しいかもしれないのだ。

6/24(水) 15:00配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/692f186b83894ddfd6592c923776e7a16280ede4?page=2