15日夕、防衛相の河野太郎は防衛省で緊急記者会見を開き、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備計画停止を発表した。自民党への根回しは一切していなかった。

 慌てた党は翌朝、部会を招集した。ミサイル防衛政策に取り組む国防族議員らが防衛省に説明を求めたが、河野本人は出席せず、怒りと不満が渦巻いた。

 4時間後、自民党本部1階のエレベーターホールで、河野は元防衛相の浜田靖一と鉢合わせした。浜田の隣あにいた元総務相の野田聖子が一瞬の気まずい空気を察したのか、「噂をすれば!」と明るく声をかけた。


 「動揺が走っているわよ。特に一生懸命やってきた人たちに」

 うつむいた河野は言葉少なで、浜田は冷めた視線を向けながら立ち去った。

 昨年7月の参院選秋田選挙区(改選数1)でイージス・アショアの秋田配備反対を訴え勝利した野党の寺田静(無所属)はブログで、河野から緊急記者会見後に電話で連絡を受けたと明かした。一方、配備予定地を地元とする自民党議員は「防衛省の事務方のメールで知らされた」と絶句した。

 河野の判断には「ずるずると先延ばしにするよりも良い」と好意的な評価も多いが、「段取りに問題があった」(所属する麻生派=志公会=幹部)と受け止められた。


 河野は25日に再び開かれた部会に出席し、頭を下げて謝罪した。さらに寺田に敗れて議員の座を失った前参院議員、中泉松司の名前も挙げ、声を震わせた。

 「本当に取り返しがつかない。申し訳ない…」

 合理主義者で、過去には官僚や党幹部をもストレートに批判し、不協和音を生んだ河野。国会対策など党務で汗をかいた経験は浅い。部会の出席者は「河野さんがこんなに頭を下げたのは初めてじゃないの。いい経験になるかもしれないね」と驚く。

 人気と政策あるが…

 「総裁選に出馬しないのですか?」。13日、インターネット動画サイトのライブ配信で質問を受け、河野はサラリとこう宣言した。

 「しようと思っています」

 党総裁は選挙時の「党の顔」。河野の知名度は上昇気流に乗っている。


 ツイッターのフォロワー数は160万人以上を誇り、自衛隊の災害派遣活動や周辺国の動向を発信して評判はいい。

 新型コロナウイルス対応にあたる医療従事者らに感謝するため、5月末の航空自衛隊アクロバットチーム「ブルーインパルス」の東京都心での飛行を発案し、称賛された。防衛省幹部は「前例がないことを『やろう』と言うのは河野さんならでは」と語る。

 そんな河野を、麻生派所属議員はこう解説する。

 「国民人気、発信力はある。政策もある。ないのは常識」

 外相時代の平成30年12月の記者会見では、日露関係に関する質問を無視して「次の質問どうぞ」と4回連続で繰り返し、謝罪に追い込まれた。麻生派領(りょう)袖(しゅう)で副総理兼財務相の麻生太郎も「何が欠けているといえば一般的な常識に欠けている」と愛のむちをふるう。


 後輩議員と食事会も

 「仲間と宴席を共にすることを大切にしろ」

 最近の河野は麻生の助言を守ろうとしている。

 今年に入り、信頼を置く同派の中堅議員に幹事役を頼み、4、5人単位での派内の中堅・若手を集めた食事会を繰り返している。

 参加した議員の一人は「同じ派閥の河野さんにいつか総理総裁になってほしい。でも何が何でも次だとは思わない」と語る。

 麻生にとって「ポスト安倍」の本命は、盟友で首相の安倍晋三と同じく、政調会長の岸田文雄とみられる。河野にとってカギを握るのは、官房長官の菅(すが)義(よし)偉(ひで)(無派閥)の動向だ。

 同じ神奈川県選出で当選8回の同期だが、14歳も年上だ。河野の発信力などを買い、安倍に重要閣僚への起用を進言した。「総裁選で河野を担ぎ出すのでは」との噂は絶えない。


 麻生が出馬を自制するよう求めても河野は振り切り、菅らの支援を受けて名乗りを上げる−。そんな見方も根強い。そのとき河野は麻生派で孤立するのか、発信力で岸田に勝る「選挙の顔」として多くの支持を取り付けるのか。(田中一世)

産経新聞 2020.6.29 20:29
https://www.sankei.com/politics/news/200629/plt2006290025-n1.html