>>107
イギリスは外国に知られてマズイ記録は、彼らは選別的にこれを捨てて行ける。
第一次大戦中のイギリスの宣伝関係のあらゆる情報は、戦後破棄された。こんな国は、他の大国の中には一つもない。
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国家が大陸で長く生存していくには「記録」が必要である。
だからナチ体制下のドイツは、絶滅収容所の記録すら残した。
敗戦確実となっても、そのあまりにヤバすぎる記録を焼き捨てはしないのである(隠しはしたろうが)。
スターリン体制下のソ連でも、おそらく粛正した百万人単位とも言われる個人の詳細な記録はすべてとってある。
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ところで、アメリカがためらったローマ爆撃を懲憑したのはイギリスである。
日本に対する無差別焼夷弾空襲をアメリカのカーティス・ルメイ等にプライベートにささやいたのは
イギリスの戦略爆撃司令部の誰かであろう。
そして、セント・ヘレナでイギリスの役人が虜囚ナポレオンを毒殺した証拠書類は一枚も無いように、
こうした証拠も永久に出てくることなどないであろう。
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ドイツでバーダー・マインホフという札付きのテロリストが逮捕されたが、獄中ですぐ死んでしまったことがある。
これは毒でも盛られたのではないかと当時噂された。
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仮りに西ドイツ政府が謀って殺したのだとしたら、その記録はあるか? 
多分無いだろう。
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といって、大陸国家の記録主義が変質しつつあるからではない。
このような場合、下僚が全体の利益を考えて一人でイニシアチブを発揮するのである。
相談が存在しないから、何の記録も残らない。
同時にその行為は国家の支持を完全に得ているので、
官吏の犯罪として真面目な捜査もされなければ立件されることもない。
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もうひとつ、ドイツ陸軍の例を挙げよう。
初代のNATO弾で口径七.六二ミリのライフル実包があった。
規格を西側共通として、製造は各国でするのだが(自衛隊も使うので、わが国も国産している)、
西ドイツ製のものだけが、微妙な差異があった。
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それは薬莢の口の部分で噛む弾丸の側溝の肉厚で、そこが他国の308弾よりもごく僅かに薄くされていたのだ。
その違いが何をもたらすかというと、敵兵の体内に入ったときに西ドイツ製の弾は、
高い確率で弾丸が二つに折れ、被甲もバラけて、爆発的に飛散するのである。
これは非人道的と禁止されたダムダム弾の効果を合法的に狙ったものであった。
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さてそこで、この弾丸の側溝を薄く造れという指示書や命令書は西ドイツに存在するだろうか? 
私は、せぬと思う。これもまた、下級技師の個人的なイニシアチブでしたことであろう。
しかしそれは、すべての上級技師、すべての高級陸軍人、すべての指導的政治家の暗黙裡の全幅の支持を受けていた。
だから、記録もなければお咎めも無い。
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イギリス人の場合、証拠を、事後に、この世から抹消してしまえるのだ。
西ドイツの場合は、誰にも責任を発生させない機転を下僚が働かす訳だが
(この良き伝統が唯一保存されている日本の官僚組織が、警察である)、
イギリス人の場合、国家に対する責任を最高指導者全員で分かち合い、
それを個人個人の胸に引きとって、あとは地獄まで抱えて行くのである(死ぬのは常に一人だからだ)。
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もちろんそれは国家に代って個人が他者に謝罪しようというのではさらにない。
国家の罪は誰にも知られずに指導者個人が地獄まで持参するという「無限責任」主義なのである。
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日本の場合は、誰か個人に責任がかかりそうだとなると、有益な記録まですべて灰にしてしまう。
何でもかんでも史料や証拠を暗闇に葬ってしまったその後になって、
外務大臣が外国に何の根拠もなく謝罪を繰り返すのは、要するに個人責任を組織責任・共同体の責任に変質させてしまおうという、
イギリス人とは正反対の、国家に対する無限大の無責任さ、発言する責任者の責任の虚無という伝統の反映でしかないのだ。