「女性活躍」を掲げた安倍政権は、待機児童解消を重要政策に位置付け、保育の受け皿整備を進めた。急速な「量」の拡大を引っ張ったのが、2016年に国が設けた企業主導型保育事業。ただスピード感を重視するあまり、運営能力に問題がある事業者の参入や保育士不足など「質」の低下も招いた。事業を点検・評価する内閣府設置の委員会座長の吉田正幸さんは、指導監査体制の強化や、悪質な事業者を排除できる仕組みの必要性を指摘する。(奥野斐)

◆安倍政権の目標
 「毎年約10万人ずつ、保育の受け皿を増やしてきている。女性の就業率が右肩上がりの中でも、着実に待機児童は減っている」。厚生労働省保育課の矢田貝泰之課長は、待機児童数が最少となった今春の状況を説明した。
 安倍政権は13年度からの5年間で約50万人分、さらに18年度からの3年間で約32万人分の保育の受け皿確保を目標とし、自治体への財政支援を手厚くするなどしてきた。
 内閣府の所管でできた企業主導型保育事業は、この目標のうち11万人分を占める。企業が主に従業員の子どもを預かる施設で、設置に自治体の審査がない認可外の保育所に当たる。保育士の配置基準も認可保育所より緩いが、整備費や運営費の助成は認可並みに受けられる。今年3月時点で全国の3768施設に助成が決まった。

◆委託先に丸投げ
 企業主導型はわずか数カ月で制度設計され、内閣府は事業者への助成金の審査や支給の実務を、公益財団法人「児童育成協会」(東京)に「丸投げ」した。16年の事業開始以降、助成金の不正受給や詐欺事件で逮捕者が出たほか、開園したものの園児が集まらなかったり、待遇が悪く保育士が大量退職したりする事例もあった。
 児童育成協会自体も、国立総合児童センターの「こどもの城」(15年閉館)を運営していた団体で、保育事業の経験は乏しかった。企業主導型保育事業の検討委員会から委託先としての体制に問題があると指摘され、昨年度、選定がやり直された。しかし手を挙げたのは協会と別団体の2者のみで、結果的に再び協会が選ばれた。

◆自治体と連携を
 「量」の拡大を急いだ結果、企業主導型は当初5万人分の整備目標が、倍以上の11万人に膨らんだ。厚労省の発表では、これまでに約8万6700人分が整備されている。問題も多いとはいえ、抜本的な事業見直しは受け皿を大きく減らすこととなるため難しい。
 保育専門誌の発行人でもある吉田さんは「この事業の最大の問題は、保育の実践的ノウハウが乏しい省庁と委託先、業者が拙速に運営していた点だ」と指摘。まずは協会の体制整備を優先すべきだとして、保育の現場を知る元園長などの人材を入れることや、認可保育所の設置や指導でノウハウを持つ市区町村と連携を強めることを提唱している。

企業主導型保育事業 安倍政権が待機児童解消の切り札に導入し、認可外保育施設の整備費や運営費を国が助成する制度。企業が従業員向けに設けた保育所や、保育事業者が設置して複数の企業が共同利用する保育所などがある。基準を満たせば整備費用の4分の3相当の助成金があり、運営でも認可施設並みの助成金を受け取れる。幅広い企業が負担する「事業主拠出金」が財源。

東京新聞 2020年9月5日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/53305