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・・・我が救援軍の漸次尼港に近づきつつあるを知りたる敵は
白衛軍の残党と共に我同胞をも悉く黒竜江岸に曳出して虐殺し、死体は之を河中に投じ然る後
全市に火を放って黒竜江の上流の方に退却したのである

・・・彼等の退却に際しては間宮海峡の水道即ち航路に閉塞船を沈め、
或は要所々々に水雷を沈設して海上より容易に尼港に入ることの出来ないようにして行った・・・

パルチザンが此くの如く強盗強姦、放火、虐殺等あらゆる極悪非道野獣的兇行を敢てしたことについては、
吾人は今更ながら遺伝的血統の恐るべきことを想い起さずには居られない
前に述べたる如く露国の東漸策の実行には偉大の功績のあったムラビエヨフも、
其の拡張したる領土の開発策については殆ど見るべきものがなかったのみならず、
理論上に於ても実際上に於ても一大謬見たるを免れない所謂罪囚植民なるものを西伯利に実行したことが
終に今日の惨劇を生むに至った遠因を成して居るのである、
古より今に至る迄領土を拡張するも如何に之を開発すべきかを知らざる国民は、
結局領土の拡張によりて自他を幸いするよりは寧ろ災いする方が多い・・・