>>289
其の当時の光景を追想するだに私は戦慄を禁じ得ない
黒竜江の河口から河に沿って長方形なる尼港市街は此の時河口の方から紅蓮の焔がメロメロと市街を西北に舐めつつあった、
何しろパルチザンの悪鬼共が手に手に石油缶を提げて屋内に投込つつ放火して歩くのだから火の手の早い事夥しい
パチパチと鳴る機関銃の音河口から打出す砲声
(河口には支那の巡洋艦及駆逐艦二隻碇泊し之がパルチザンに加担して市街に砲火を浴せかけた)
・・・私の店は西北隅にあったからまだ此の火焔に包まれて居らぬを幸い妻子の安否如何と飛ぶように帰って来た、
妻子は其時奥の間に顫えながら私の帰りを待詫びている所だった、
・・・入口にヌッと一人の露人が遣って来た・・・彼は片手に剣の抜身を提げながら
「缶詰はあるか」と血眼で言った、私は何でも皆な持って行って呉れと答えた、
すると其の後から俄に五六十人の露人がドヤドヤと入って来た、彼等は悉くパルチザンの一味であった、
其の時私の家の後は既に炎々たる焔に包まれて到底裏から逃げる事は出来なかった
前川の虎後門の狼とは真に此の事であろう、私は三人の妻子に別れ別れになれと命じたが彼等は一緒に固まって動かなかった、
する内に五六十人の露人の後から機関銃がバラバラ鳴り出した目前、機関銃で妻も児も射ち殺さる