菅義偉首相が就任して、16日で1カ月を迎えた。この間、土日も含め早朝からさまざまな分野の人々と精力的に面会し、不妊治療支援や行政のデジタル化といった看板政策に関わる意見を聴取。アイデアを固めるとすぐに担当閣僚を官邸に呼び、指示を与えている。世論は「菅流」を注視するが、日の目を見た政策はまだ少ない。遂行力を問われるのはこれからだ。

 首相は午前7時半ごろから官邸周辺のホテルで、面会しながら朝食を取るのが日課となっている。昼食、夕食も同様で、15日までに民間人だけで少なくとも約80人と会食、会談を持った。第2次政権の発足後1カ月間の安倍晋三前首相と比べると、3倍のペース。前首相の相手は著名人が多かったが、首相の場合はその分野で必ずしも主流ではない人も含まれる。周囲にはこう真意を話す。「主流派とだけ会っても発見がないんだ」

 9月21日に面会した金丸恭文氏、新浪剛史氏は政府の未来投資会議のメンバーを務め、首相は以前から規制改革や経済政策の進言に耳を傾けてきた。デービッド・アトキンソン氏とはその著書を読んで感動し、親交を深めたという。首相が注力してきたインバウンド(訪日外国人客)の拡大や中小企業再編に詳しい。さらに、「日本のインターネットの父」と言われる村井純氏、産婦人科医の杉山力一氏、福岡市長の高島宗一郎氏…。それぞれ、自身がこだわる政策に直結する面会相手と言える。

 くみ上げた意見を生かすスピードも速い。

 杉山氏と面会した2日後、首相は坂本哲志少子化対策担当相に対し直接、不妊治療の保険適用の支援を指示した。9月28日には高島氏から福岡市の「はんこレス」の取り組みをヒアリングし、翌29日に河野太郎行革担当相と会談すると、河野氏は1週間後、自治体向けの脱はんこマニュアルを作る方針を打ち出した。

 1カ月間に会った岡部信彦氏らがその後、政権の助言役である内閣官房参与に就任。アトキンソン氏は、新設する成長戦略会議のメンバーへの登用が検討されている。官邸幹部によると、面会者の多くは官房長官時代からの人脈。首相になると、誰と会ったかが詳細に報道されることから「『菅人脈』が可視化された」(幹部)格好となっている。

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 「『あれ、どうなっている?』と問われ、(こちらとしては)『いやいや、まだ1週間しかたっていない』という感じだ」―。

 これは、河野氏が今月14日の講演で明かした首相とのやりとりの一端。具体的な政策を矢継ぎ早に出し、何はさておき成果を求める。官邸官僚の一人は「(首相は)官房長官時代と変わらず、細かい進捗(しんちょく)状況まで把握しようとする」と明かし、「政治主導は分かるが、宰相らしい大きな国家観は感じない」と続ける。

 日本学術会議の任命拒否問題では、政治主導の行きすぎの疑念を寄せられており、発足直後の高い内閣支持率は下落傾向も示し始めた。26日召集予定の臨時国会で、野党側から集中砲火を浴びるのは必至。政権運営の行方は、首相自身の説明姿勢に懸かっている。

(前田倫之、湯之前八州)

西日本新聞 2020/10/16 6:00
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