【歴史】農民も昔から名字を持っていた? 名字の8割は「地名」に由来…名字は「地名」「地形」「方位」「職業」「下に藤」でわかる [樽悶★]
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「山」「川」「田」「橋」など漢字の意味、そして読み方が重要 江戸時代以前の典型的な里山と村の暮らしを絵地図にした。山、川、池、森林、島、崎などの自然物のほか、井戸、田、橋など人の手で作られた構造物もさまざまな名字になっている((c) KK Bestsellers)
https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20201028-00699240-besttimes-000-1-view.jpg
約10万種類以上あるといわれている日本人の名字。
そのほとんどが日本各地の地名、または地形に由来するという。
先祖がどんな場所に暮らしていたのか、名字から探ってみよう。
■農民も昔から名字を持っていた
日本人が誰でも持っている名字は、いつ頃からあるのだろうか。
そもそもは古代の大和王権の有力氏族が互いを区別するため、名前をつけた。「中臣氏(なかとみうじ)」「物部氏(もののべうじ)」など職業にちなんだものもあるが、「吉備氏(きびうじ)」「 尾張氏(おわりうじ)」など、国名をつけたものもある。
名前で、氏族の出身地域がわかるのだ。
平安時代中期以降、貴族は邸宅や別荘のあった場所の地名を名字にすることが多かった。日本各地で勢力を伸ばした有力武士は、惣領(そうりょう)のみが先祖伝来の姓を名乗り、それ以外の子は本家の近くに居を構えて、その地名を名字とした。
貴族、武士の間で広まった名字を一般庶民が使うようになった時期ははっきりしない。
ただ、文献資料から読み解くと、少なくとも室町時代以前から存在していたと考えられる。
その総数は正式な調査がなく、現代では約10万から20万あるといわれている。
「名字の基本的な役割は、家と家を区別すること。そのために住んでいる場所を手がかりにすることが多いですね」
姓氏研究家で、名字に関する著書も多い森岡浩さんは言う。
「法事で親戚が集まると自然に、『大阪の叔母さん』などと呼びます。それと同じように地名で呼ぶようになったのが名字の始まり。昔は引っ越しがなかったので、それが固定して一族の名字になった。自然発生的に誕生したのです」
■地形や方角も名字になる
日本は人口密度が高く、同じ地名の土地にたくさんの家がある。
地名由来の名字だけでは家々の区別が付かない場合、地形や風景などで区別をした。
「山」「川」「谷」などの自然の地形、人の手が入った「田」「畑」「塚」「堀」なども名字に多く活用されている。
また方位方角も大切な要素だ。基本は東西南北で、本家から分家した一族が、本家から見てどの方角に住んだかで決まる。「上」「下」「中」「前」などの方位を示す言葉も重要だ。
数は多くないが、職業由来の名字もある。機織(はたおり)をする「服部(はっとり)」、弓を作る「 弓削(ゆげ)」、荘園を管理する「庄司(しょじ)」、「越後屋(えちごや)」などの屋号を名乗る商家などだ。
これらは自然発生的な名前だが、平安時代の大貴族・藤原氏に由来する「下に藤」がつく名前は人為的だ。藤という漢字を使って藤原氏であることを示しながら、自分の家を区別するため「地名+藤」という名字を考案した。たとえば加賀の藤原氏は「加藤」、近江の藤原氏は「近藤」という名字になる。
【名字の由来は大きく5タイプ】
❶ 地名
❷ 地形、風景
❸ 方位、方角
❹ 職業
❺ 下に藤
自分の名字の由来を知りたいときは、@地名、A地形・風景、B方位・方角、C職業、D下に藤を手がかりに探求しよう。多くの名字は@〜Bで判断がつく。AとBが組み合わされ「川上」「山下」などの名字になることも多い。方位には北を子、東を卯など干支をあてる呼び名もあり、「巽」「辰巳」(南東のこと)などの名字も方位姓だ。
10/28(水) 12:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20201028-00699240-besttimes-life 明治以前の先祖の墓も無いやつは在日な
うちは嘉永建立の先祖の墓がある
もちろん名字入り >>8
社内広報で中田支社長を連呼してた時に
笑いを堪えるのが大変だった ワイ、祖先の苗字は「胴尻」
なんでも細長い集落の真ん中あたりで「胴」と呼んでた区域の一番端だった模様 【政治】12議席中11人が長屋さん 岐阜・板取村議選
https://news2.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1051458119/
1 :トーキョーローズ ◆t6c58.ROSE @東京Roseφ ★:03/04/28 00:41 ID:???
村民の6割以上が「長屋」姓を名乗っている岐阜県板取村の村議選は、
定数12のうち長屋姓の11人が当選した。
村議選では、現職や新人の長屋氏13人と現職の田中善隆氏(68)の
計14人が立候補。
長屋姓の議員では、最多11期目の当選を決めた鉄美氏(79)をはじめ、
和伸氏(54)、幹夫氏(67)らが当選。
長屋姓以外の田中氏も当選した。
同村は、鎌倉時代の城主名にちなんで長屋姓を名乗る村民が多い。
村は関市への編入合併協議を進めており、今回が長屋姓が多数を占める
最後の村議選となる可能性が高い。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030428-00000009-kyodo-pol 庄司と東海林
東海林(しょうじ)と東海林(とうかいりん)
渡部(わたなべ)渡部(わたべ)
錦織(にしきおり)と錦織(にしこり)
本人に聞かなきゃ間違えそう。 桑名藩の掃除の者という賤民の小頭は渡辺吉右衛門と名乗っていた。
『人権のあゆみ・桑名 史料編』(桑名市同和教育資料編集委員会編、桑名市教育委員会、1991)
同和対策で桑名市が実施していた貸し付け事業を悪用し、現金百四十一万円
をだまし取ったとして、三重、愛知県警の合同捜査本部は二日、詐欺の疑いで
山口組系暴力団幹部の同市下深谷、無職渡邊修(46)と四日市出身の住所不詳、
露天商手伝い今木公之(31)の両容疑者を逮捕した。合同捜査本部は同様の余罪
四、五件があり、ほかにも数人が関与しているとみて捜査を進めている。
調べでは、渡邊、今木の両容疑者は共謀の上、桑名市が同和地区の居住者に
対象に行っていた福祉資金貸し付け事業を悪用し、借り入れの名目で金をだま
し取ろうと計画。
平成十三年十月十日、対象地区内に二年以上住みとび職を営んでいるかのよ
うに装い、百四十一万円の借り入れ申請書を桑名市同和課に提出。貸し付けを
決定させたうえで、同年十一月と翌年一月の二回に分けて計百四十一万円を、
今木容疑者の預金口座に振り込ませた疑い。ともに容疑を大筋で認めていると
いう。
渡邊容疑者が主犯格とみられ、今木容疑者らを使って犯行を重ねていたと、
捜査本部はみており、あと数人の関与者や余罪について、引き続き調べを進め
ていく考え。
桑名公共職業安定所の壁などに部落差別の落書きをしたとして建造物損壊などの罪に問われた
桑名市大平町無職渡辺政文被告(44)に対する判決公判が二十四日津地裁四日市支部で開かれた。
中村さとみ裁判官は渡辺被告に懲役1年(求刑同)執行猶予3年の判決を言い渡した。
判決によると被告は7月11日正午頃桑名市中央町2丁目にある
桑名市立図書館の男性便所の木製の扉に黒の油性フェルトペンで部落差別の落書きをしたほか
同14日午後3時頃同市矢田の桑名市公共職業安定所の便所のブロックの壁に同様の落書きをした
1997年9月25日 朝日新聞朝刊(三重) >>5
神社名が万葉仮名で地名が現代的な字が使われてることもあるね 今ほど情報のやり取りが頻繁だったわけじゃないし、日本全国一律で何かの法則や法律があったわけでもないだろう。
ただ、「共同体の一員であること」「近親相姦を避けられること」などの目印としての姓名は無いとおかしいよね。 一般の農民は名乗れないし都市下層民には関係ないしでこんな印象に 俺の御先祖様は豪族だったらしい
確かに比較的稀有な名字 うち鍛冶屋+農民だけど
江戸時代の墓にも苗字書いてあるね。 戦国時代の普段は農家してる足軽とか仲間でどう呼び合ってたんだろうか
部隊編成のとき、たとえば4つの集落から5人ずつ選んで20人の隊を作るとか半端なことしたら呼ぶのめんどくさそう >>23
だから社会人にもなって中学生程度のオツムなのかって皮肉だろ 俺の同級生や先輩でいた名字↓
佐別当
御手洗
土御門 名は呪とされ、昔の人は本名を家族にしか教えなかったらしい。 先祖は江戸の時代に商人してたらしいが、農民ぽい名字だ 新しい名字が増えるってことはないよな?
外人が帰化したら有り得るのか
それでも全体として名字は減ることになるはず
友達がレア名字だけど子供いないから減るなあ あくまで公には名乗れないから記録に残らないってだけだからな
足軽株とか買って立場を得ると姓を名乗るようになる 名字帯刀が特権ってなるぐらいだからなあ
大っぴらに名乗らなかったり
刀剣を持っているぐらいは武士以外でも出来たのでは? >>29
そういや会社で、上村中村下村と上中下がそろったよw
中泉もいるんだけど、古泉と大和泉とこちらは少し統一感がない うちの先祖は百姓なのに苗字帯刀許されてたらしい
何で許されてたかは知らない >>38
どうだろね
江戸時代半ばまで日本は世界でも有数の金産出国だったわけだから金の字を含む姓があるのはむしろ自然とも言える 【社会】女性宅に侵入して現金5000円盗み、体触って逃げる 岡山大3年の無敵容疑者を逮捕 c2ch.net
https://daily.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1435921274/
女性の家に侵入して現金を盗み、体を触って逃げた疑いで岡山大学の男子学生が逮捕されました。
強制わいせつなどの疑いで逮捕されたのは、岡山大学3年の無敵謙介容疑者(21)です。
834 :N速+のルール変更投票があります■投票日7/5:2015/07/03(金) 21:12:24.43 ID:UCsVO+Jf0
山口県下関市の餅屋が1866年(慶応2年)の長州征伐での長州軍と幕府軍の戦いに
参戦して石を投げて奮戦したことにより、高杉晋作からその功績を称えられ
「無敵幸之進勝之」の名前を賜ったとされる。
高杉晋作が由来ってかっけぇw これが中国だと姓はあるけど名前はない状態になるのが面白い
明の洪武帝は朱家の八番目という意味の朱重八が最初の名前 小鳥遊なんて、完全にトンチだからな。ふざけてんのか。 昭和時代はマルクス史観が日本史研究にも深く入り込んでいて
虐げられ、差別されてきた農民みたいな見方が主流だったから
事実が歪められてた
みんな普通に苗字名乗ってたのにね >>38
そんなに韓国朝鮮大好きなのかぁ
二十四時間そんなんばかり考えてるんなら、向こうに移り住んだら良いんでない? 実は農民(庶民)と武士(中級以下の支配層)にさほどの区別がなかったというオチ 特定の人を呼ぶときは、どこそこの何さんとかいう呼び方はしてたろうね >>49
本当。
忌み名と言って本当の名前は隠してたんだよね。
特に女性。
清少納言とか紫式部はニックネームで本名は未だ
不明。 >>52
日本の姓名で金(きん)さんも金(こん)さんも普通にいるのにな 古代ギリシャには名字なかったけど、単純に不便だよな 中学の頃、大村君が音読みでダイソンって呼ばれてて、それが元で梅村君はバイソン、若村君はジャクソン、下村君はアンダーソンと、みんなかっこいいあだ名がついたのに、津村君だけあだ名がバスロマンだったのは、今思うと本当にイジメだし、何ならバスロマンはツムラじゃなくてアース製薬。 >>66
それは官位官職なんだが
自国史も知らないとか本当に日本人? 徳川家康はフォーマルな場所で自己紹介をする時、徳川家康と名乗れなかった
豆 >>61
近所にいる。
しばらく地面に埋めた古い紙で家系図つくってる。
親戚に絶縁宣言して、○○本家と清和天皇がつながるとか言っていて
自分は○○本家の子孫と言ってるが全部嘘、家紋まで変えてて呆れた。
元々変なひとだったけど本当におかしくなった 室町時代に来てた宣教師なんかの文献によると、武士は清貧で農民に税を納めるように頭を下げて回ってたらしいからな。
農民も寺で読み書き習ってるから識字率高かったみたいだし。
武士が行政は取り仕切ってるが、地域の風習の方が優先されてて大抵の決め事は村単位で勝手にやってたとかで。
秀吉も農民相手に刀狩りやったように、「明確な行政側の人間を武士」「それ以外は農民や町人」という扱いだったと考えるべきだろう。
昭和時代ってどうも、欧米の価値観が入り込み過ぎて日本ならではの農民観ってのが失われた気がするね。 名字は持っていたが名乗ることを許されていた農民とそうじゃない農民がいたわけか
土方歳三は多摩の百姓の出だけど、豪農だから許されてたんだな 官職や位階と違って名字は自称他称
許認可は必要ない >>72
ところがどっこい清少納言は少納言の官職
でもなんでもないんだな。
親族にもいなくてなんでそんなニックネーム
なのかは諸説あるが不明。 >>7
家の中に田んぼがあったのが中田
田んぼの中に家があったのが田中 >>22
田舎は苗字より屋号で呼ぶ方がわかりやすいってね まぁ、誓い漢字圏なんだから、朝鮮、支那由来も被ってるのが当たり前
それ系は割合が多いだけ >>85
斎宮がある三重県かな
佐藤が栃木県佐野市で
伊藤が静岡県伊豆なのは知ってる
尾藤が尾張で
加藤が加賀 江戸時代になると、徳川に与しない勢力だったりお取り潰しされた藩だったりが、身を守るために名を隠すということはあっただろうね。
エタヒニンってのはあくまで行政側の都合による扱いでしか無い。 海外だと「誰々の息子」形式の名字結構あるけど
日本にはないのかな >>46
大森、中森、小森、森。
大林、中林、小林、林の8人がそろったら神。 名字に「川」や「河」が入ってる姓は「革」から変っている可能性があると婆ちゃん
から聞いた。 勝ったものや強いものが子だくさんで負けたものや弱いものは、子供が少ないことは、
今も昔も一緒だろうから。
割合現在人の先祖は藤原や源氏につながる人は多いと思う。
特に関東中央あたりは。 ウチは加賀八家横山氏に繋がっているらしい。家系図が残っている。
家紋も丸の内卍。もっと辿ると清和源氏だな。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています