東京都心の片隅にたたずむバス停で11月、路上生活者とみられる女性が男に頭を殴られて亡くなる事件があった。女性は春ごろから、終バス後の午前2時ごろにバス停に現れてベンチに腰掛けて眠り、明け方になるとどこかへ立ち去る生活を続けていたという。身なりは整い、キャリーバッグを抱えて1人静かに眠る女性を、近隣住民らが気にかける中、悲劇は起きた。(天田優里)

◆石を入れた袋で頭部を
 警視庁によると、女性は住所不定、職業不詳の大林三佐子さん(64)。11月16日午前4時ごろ、渋谷区幡ケ谷2の甲州街道沿いのバス停「幡ケ谷原町」のベンチに座っていたところ、男に石などが入ったポリ袋で頭を殴られ、外傷性くも膜下出血で死亡した。
 傷害致死容疑で逮捕された同区笹塚2の職業不詳、吉田和人容疑者(46)は容疑を認め、調べに「バス停に居座る路上生活者にどいてもらいたかった」と供述している。事件前日に大林さんに金を渡して移動してもらおうとしたが、断られたことに腹を立てたとみられている。
 このバス停は平日は午後10時台に最終のバスが出る。大林さんはほぼ毎日、午前2時ごろに新宿方面から歩いてバス停を訪れていたという。
◆深夜のベンチ 不安と安心感
 11月下旬の同時刻、記者もベンチに座ってみた。気温は1桁。ベンチはひんやりと冷たく、座って30分もしないうちに体が凍えた。周囲では居酒屋が順に閉店していき、人通りはまばら。時折酔っぱらいが通り掛かり、女性1人で夜明けまで過ごすのは不安に思えた。
 ただ、バス停は明るかった。ベンチは車道側に背もたれがあり、座ると、目の前のクリーニング店から明かりが差す。店は夜明けまで従業員が作業をしており、「何かあれば駆け込んで助けを求められる」という安心感があった。大林さんを何度も見掛けたという女性従業員は「私が深夜に出勤してくる時は、いつもキャリーバッグに手を置いて寝ていた。通行人や警察が『どうしましたか』とよく声を掛けていた」と振り返る。
 4月ごろに大林さんと言葉を交わしたという会社員の女性(34)は「最初は体調が悪いんだと思い、温かい飲み物がいるか尋ねた。彼女は『大丈夫です。お気遣いありがとう』と受け取らなかった」と語る。
◆家賃滞納で路上生活か
 捜査関係者によると、大林さんは広島県出身。2月ごろまで千代田区の派遣会社に登録し、東京や千葉、神奈川など首都圏のスーパーで試食販売を担当していた。約3年前まで杉並区のアパートに住んでいたが家賃滞納で退去後、路上生活になったとみられる。生活保護は受けていなかった。
 埼玉県で暮らす弟は5年前に電話でやりとりしたのが、直接話をした最後だったという。姉が路上生活を送っていたことは、警視庁から知らされた。捜査員に「明るくて活発な姉だった」と話したというが、取材には「姉のことは答えられず、申し訳ない」と口を閉ざした。
 バス停にはいまも、花束や飲み物が手向けられている。意に沿わずして路上生活になっても、誰にも迷惑をかけず、懸命に生きていた大林さん。彼女が最後に見たであろう暗い街の景色を前に、そっと手を合わせた。

東京新聞 2020年12月06日 08時14分
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