安部かすみ | ニューヨーク在住ジャーナリスト

「ちょっとだけマスク外してみて」

コロナ禍になって10ヵ月以上が経ち、マスク着用が普通になってしまった昨今において、顔を見てみたいという理由で、異性にこんな言葉を言われた人(もしくは言ってしまった人)は少なからずいるのではないだろうか。

12月10日付の米ワシントンポスト紙では、レストランで男性客に「笑顔が見たいからマスクを取って」と言われた女性サーバー(日本でいうウェイターやウェイトレス)のエピソードが報じられ、「新たなセクハラにあたるのではないか」と問題提起されている。

記事によると、テキサス州ダラスのレストランで働くサンディー・トランさんは以前より、自分の見た目について他人からコメントされるのが苦手だった。コロナ禍でマスク着用が当たり前となったため、彼女にとっては願ったり叶ったりになったようだ。

しかしある日、男性客から「可愛い笑顔が見たいから、マスクを外してみて」と言われ、違和感を感じたという。言われるがままに従わないことは、ちゃんとした意思を持つ芯のある女性を意味することを彼女はわかっていたが、一方でこのような不安も浮かんだ。「もしマスクを外さなければ、あまりチップを置いてくれないだろう」。

アメリカの飲食サービス業界は周知の通り、チップ文化だ。顧客がサーパーのサービスに満足したら、チップを置くのがマナーとなっている。チップ収入は従事員に取って死活問題だ。

つい最近も、テキサス州サンアントニオのシーフード店で働く21歳の女性サーバーが、顧客から2000ドル(約20万円)のチップをもらったのに、レストラン側が搾取し彼女には4分の1しか渡さなかったことがニュースになっていた(論争の末、結局その女性には全額支払われることになったのだが)。そのような大金は、ホリデーシーズンになるとたまに裕福で寛大な客によって支払われることもあるが、通常であれば飲食費の15%以上がチップとしてサーバーに支払われる。

冒頭のトランさんによると、以前は1晩で200ドル(約2万円)のチップ収入があったという。しかしパンデミックでシフトが減った彼女は、生活のために少しでも多くチップを稼ぎたいため、客から6フィート(約2メートル)離れて、リクエストに応じたという。その時の気持ちを「自分がまるでサーカスの見世物の動物になったように感じた」と惨めになった心の内を語った。

記事ではほかに、バーなどで働く女性の経験談なども紹介している。マスクをずらしてというリクエストは少なからずあるようで、いずれも「返事に困る」「飲食業界の仕事は、見た目の良し悪しとは関係ないのに、そのようなリクエストはおかしい」「自分の顔が好みならチップを弾むだろうが、なんだか『シャツを脱ぐように』と言われているような気がした」「軽いノリで言われることが多く、相手はその行為が脅威(死)に繋がりうることだとは思っていないようだ」など、コメントが添えられた。中には、マスクをずらすことを拒否し、怒鳴られたサーバーもいたという。

https://news.yahoo.co.jp/byline/abekasumi/20201211-00211968/