「刑務所に入れれば誰でもよかった」−。大阪市住吉区のマンションで11月、住人男性が刺殺された事件。逮捕された元住人の女は大阪府警の捜査員にこう言い放った。事件の発端となったのは、マンション退去をめぐる女と管理人とのトラブル。無関係のはずの男性はなぜ犠牲になったのか。そこにはあまりに理不尽な理由があった。(小松大騎、桑波田仰太)

包丁でひと突き

 「一緒に酒を飲もう」

 11月24日夕、マンション6階に1人で住む有田英生さん=当時(74)=宅を突然、3人の男女が訪れた。いずれもマンションの住人や元住人で、有田さんの飲み仲間でもあった。有田さんが3人を室内に招き入れると、すぐに酒盛りが始まった。

 だが、有田さんが飲んだビールには睡眠薬が混入されていた。約2時間後、女は事前に量販店で購入していた刃渡り21センチの刺し身包丁で、眠り込んだ有田さんの左胸をひと突き。即死だった。

 女は自ら「人を殺した」と110番。府警住吉署員が駆け付けると、有田さんは血を流して倒れていた。同署は殺人未遂容疑で、通報した住居不定の無職、影山真佐実容疑者(42)を緊急逮捕し、殺人容疑に切り替え送検。一緒にいた住所不定の無職、高尾正男容疑者(37)と、マンションの別の部屋に住む会社員、前川鉄蔵容疑者(53)も殺人容疑で逮捕。その後、影山容疑者は殺人罪で、残る2人は殺人幇助罪で16日にそれぞれ起訴された。

不在で標的変更
 実は3人の当初のターゲットは、有田さんではなくマンション管理人の女性だった。

 同署によると、影山被告は事件の約2週間前に自ら退去しているが、「(管理人に)売春をしているという嘘の噂を流された上、理不尽に追い出された」と供述。事件当日、交際していた前川被告や管理人と金銭トラブルがあった高尾被告とともにマンションで待ち伏せしたが、管理人は現れなかった。

 そこで新たに標的となったのが有田さんだった。以前、管理人の肩を持つような発言をしていたことがその理由だ。3人は簡単な計画を立てると、その日のうちに有田さんに襲いかかった。

 影山被告は「管理人が見つからず、急遽(きゅうきょ)弱そうな有田さんに狙いを変えた。刑務所に入れれば誰でもよかった」と説明。捜査関係者は「逆恨みし、自暴自棄になったのでは」としつつ、「関係のない人を巻き添えにし、身勝手すぎる」と憤る。

 事件後、有田さん宅の玄関ドア前には多くの花や酒、菓子などが供えられていた。住人の女性(77)は「いつも丁寧にあいさつをしてくれる優しい人。巻き込まれたのであれば気の毒でならない」と肩を落とした。

「一貫性の原則」

 なぜトラブルとは無関係の有田さんが狙われたのか。

 新潟青陵大大学院の碓井真史教授(社会心理学)は、人が無意識のうちに自らの行動や発言を貫き通そうとする「一貫性の原則」が働いた可能性があると指摘する。

 買い物の際に目当ての商品が売り切れているのに、購買意欲を抑えられず別の商品を購入してしまうのもこの原則に基づいている。管理人を襲う計画が頓挫したにもかかわらず、標的を変えてでも当初の計画を実行しようとする心理が3人に働いたのかもしれない。

 さらに碓井教授は「集団で話し合うと結論が極端になりやすい。さまざまな要因から、誰も愚かな決断を止めることができなかったのだろう」と推察した。

https://www.sankei.com/smp/west/news/201220/wst2012200002-s1.html