長尾クリニック院長に聞く(上) 新型コロナの差別や偏見で割られた病院の窓ガラス
 新型コロナウイルス感染拡大による2度目の緊急事態宣言から間もなく1カ月となる。在宅医療に長年取り組み、自然で穏やかな最期「平穏死」を提唱する長尾和宏さん(62)が院長を務める長尾クリニック(兵庫県尼崎市昭和通7)。1月には入院できない患者が殺到し、発熱外来がパンクした。差別や偏見にさらされ、病院の窓ガラスを割られたことも。ぎりぎりの戦いが続く地域医療の現場を2回に分けてリポートする。(大田将之)

 県内で初の感染者が判明した昨年3月。長尾クリニックでは、外来と在宅の通常診療に加え、病院の前にテントを設け、発熱外来を始めた。PCR検査だけでなく、治療、訪問、往診、オンライン診療…。地域のかかりつけ医として発熱患者を千人以上受け入れ、200人を超えるコロナ感染者を診てきた。

 一方で、地域との距離が近いからこそ、周囲からの差別や偏見が突き刺さる。ある日の深夜、病院の窓ガラスがレンガで割られた。長尾院長は、つばを吐かれたこともある。

 それでも「患者の命を守る」ため、長尾院長をはじめ約100人のスタッフが患者に寄り添う。「大切な人や家族に、もしうつすことになったら」。恐怖は消えない。長尾院長自身も約10カ月、自主的に診療以外は人と会わない生活を続ける。心が折れそうになるたび、医療従事者としての使命感を胸に耐え抜いてきた。

 だが第3波は容赦なかった。医療体制の逼迫(ひっぱく)は深刻度を増し、尼崎市保健所によると、同市の自宅待機者は最大で80人超に上った。陽性になったのに、入院調整のため自宅で過ごす人が続出し、自宅待機中の死亡例が報じられた。年明けごろから発熱外来に患者が殺到。多くが他の病院で断られた人だ。困っている患者に医療が届かない。見過ごすことはできなかった。

 「保健所に100回電話してもつながらなくて」。長尾院長の元にSOSが届く。本来、陽性が分かった後は保健所の管轄だが、患者に自身の携帯電話の番号を教えた。その数は100人を超える。「悪いのは保健所ではない。保健所をパンクさせながら放置している国の責任は重い」。夜中でも電話が鳴る。開業医としてできることをぎりぎりまで追究してきた。「このままでは自分が死ぬのでは」とときどき思う。

 「命の危険がある人には、医者として手を差し伸べる。それが町医者としての意地です」

 1月15日、長尾クリニックの発熱外来は“崩壊”した。「もうやめたい」と涙を流しながら漏らすスタッフ。疲労は限界を超えた。長尾院長は「組織の指揮官として方針を変えるしかない」と悟った。

 現在は、発熱外来の受け入れをかかりつけ患者だけに縮小。全員に携帯番号を教えることは諦め、重症化リスクの高い患者だけに教えている。

 「正直、救える命を救えないのはつらい。でも、そこまで追い込まれた。がんばって闘ってくれた職員の疲労も限界を越えた」と唇をかむ。それでも、意地が前を向かせる。「現場の肌感覚では、1月10日すぎに(感染拡大は)ピークアウトしている。一度、診療に制限をかけることになったが、態勢を整えてから出直すしかない」

2021/2/8 05:30神戸新聞NEXT
https://www.kobe-np.co.jp/news/hanshin/202102/0014063677.shtml