現代ビジネス 歳川隆雄 2021.05.08
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82955

■台湾問題への発言を巡り
新聞休刊日の5月6日の事だった。早朝、筆者はスマートフォンで日本経済新聞(電子版)とNHK(ネットニュース配信)をチェックして驚いた。報道内容がほぼ真逆だったからだ。多くの読者・視聴者も筆者同様に戸惑ったと思う。

バイデン政権のアジア政策を統括するカート・キャンベル米国家安全保障会議(NSC)インド太平洋調整官が4日(米国東部時間)に英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のオンラインイベント「The Global Boardroom」で発言した台湾問題についての日経とNHKの報道内容の違いである。

先ずはキャンベル氏が「歴代米政権による『戦略的曖昧さ』を維持すべきだとの見解を示した」とリードで書いた日経報道(5日午後8時31分の電子版、6日午前4時57分更新)を引用する。

《キャンベル氏は台湾問題をめぐり、現状維持が利益にかなうとの認識が米中双方にあると主張した。情勢が不安定化した場合に米国が取る対応をはっきりと示すべきだとの指摘に対し、「(従来の方針を転換して)そのように戦略を明確にすれば、いくつかの重大な不都合が生じる」と否定的な考えを示した。……戦略的曖昧さを巡っては、中国が台湾への軍事的圧力を強めているのを受けて米国内で見直し論が浮上している。ただ、結果的に中国の武力侵攻を誘発しかねないとして慎重な意見も多い。》

一方、「米高官『台湾海峡めぐり日本と適切な措置取る』中国をけん制」と題したNHK報道(5日午後12時26分ネット配信)は次の通りだ。

《この中でキャンベル氏は、台湾周辺で中国の戦闘機が飛行するなど、中国が挑発的な行動をとっていると指摘したうえで「公式の声明を通じて、われわれが状況を注視し台湾海峡の平和と安定を守る準備ができていることを示す必要がある」と述べ、中国をけん制しました。……そのうえで「われわれは日本とともに適切な措置を取ると確信している」と述べ、日米の協力が重要だと強調しました。》

■「戦略的曖昧さ」の意味
直ちに、友人の在京米国人ジャーナリストにFTオンラインイベントのビデオを観てもらい、キャンベル発言をチェックしてもらった。日経報道通り、オバマ民主党政権当時の台湾政策(=現状維持路線)を踏襲するに力点があるというのが、件の友人の回答だった。

では、「戦略的曖昧さ(strategic ambiguity)」とはどのような意味を持つのか。そもそも米国は1972年2月に当時のリチャード・ニクソン大統領が訪中、毛沢東共産党主席と会談した。発表された「上海コミュニケ」には、米国は「中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張している」ことを「認識している」と記述された。その後の78年12月に発表した「米中共同コミュニケ」では、米国は「中華人民共和国が中国の唯一の合法政府であることを承認」し、中国と国交を樹立、台湾との国交を断絶した。

ここでキーとなるのは1979年4月に制定された「台湾関係法」である。米中共同コミュニケで謳われた方針だけでは東アジアの軍事バランスが崩れ、台湾の存続が危ういと考えた米議会が超党派で同法を制定したのだ。

そのポイントは台湾の防衛能力を維持するために米国が武器を売却すること、台湾市民の安全や社会・経済制度を脅かす武力に対抗するための防衛力を米国が維持することが盛り込まれており、中国の軍事行動を牽制するというものだ。問題は、仮に中国が台湾を武力で統一しようとした場合、台湾を防衛するか否かについては明言しない「戦略的曖昧さ」が同法に貫かれていることである。

■伝統的な対中融和路線
キャンベル氏はこの台湾関係法の域を逸脱しないと言っているのだ。これで伝統的な米民主党の対中融和路線の底流にあることが理解できる。だが、現在の米議会は当時のそれと全く異なる。4月8日に米上院外交委員会(ロバート・メネンデス委員長=民主党)が台湾との更なる関係強化をバイデン政権に求めるため提出した「戦略的競争法案」が端的に物語っている。

メネンデス氏は米国・台湾議連(上院26名、下院122名)の共同議長であり、20年3月の「台湾同盟国際保護強化イニシアチブ法」、同12月の「台湾保証法」成立に中心的な役割を果たした親台湾派の頭目である。要は、キャンベル発言に対する強い批判が議会側から巻き起こり、米NSCトップのジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は窮地に陥る可能が高いということである。

キャンベル氏は国務省のジャパンハンド(日本専門家)の中で密かに「ドタキャンベル」と呼ばれている。恐らく発言の軌道修正か、一部訂正を余儀なくされるだろう。何故ならば、ジョー・バイデン大統領はいま議会との良好な関係構築に全力傾注しているからだ。