留学生は通常、日本語学校1年半から2年にわたって在籍する。しかし、グエン君は1年足らずで学校を辞めて就職した。
日本語学校を卒業していなくても、また日本の大学や専門学校を出ていなくても、母国の「大卒」という学歴のある外国人は就職が認められる。
だが、就職先となった会社では、初歩的な仕事しか任せられなかった。1年、2年と時が経っても、スキルは身につかない。
しかも、グエン君は日本語が上達しておらず、社内に友人もできなかった。
新型コロナの感染が拡大した昨年春以降は、在宅でのリモートワークとなった。1日中、アパートにこもる生活で、
彼は孤独感を募らせていく。そしてベトナムへの帰国を決めたのである。

「残業すれば、手取りで月20万円以上の収入がありました。ベトナムでは得られない金額です。
でも、日本の生活は楽しくなかった。給料が減っても、ベトナムで楽しく暮らした方がいいです」

ハノイやホーチミンといったベトナムの都会では、経済発展に伴い賃金も上昇している。IT系の仕事であれば、月10万円以上を稼ぐことも難しくないだろう。
ベトナムのIT人材には、欧米企業からのリクルートも増えている。グエン君にも、英国のIT企業で働く従兄弟がいる。

「従兄弟はベトナムの大手企業で5年間、エンジニアとして働いた後、3年前に英国の会社にヘッドハントされたのです。
年収は日本円で800万円くらいだと聞いています」

英国のような英語圏に限らず、欧州では英語ができれば働ける。ベトナムの有名大学卒のIT人材であれば、ある程度の英語は話せる。
一方、日本で働くためには「日本語」というハードルがある。語学を習得したところで収入は欧米より低く、
しかもやりがいある仕事も任せられないのであれば、日本が敬遠されて当然だ。

日本に住んで8年で、在日ベトナム人事情にも詳しい前出・ジャンさんはこう話す。
「ベトナムでは『日本は貧しい労働者たちの出稼ぎ先』というイメージが定着しています。だから余計、優秀な人ほど日本では働こうとは思わない。
最近では、ベトナム人の犯罪が大きく報じられ、私たちも肩身に狭い思いをしています。そこにコロナの感染が広がり、日本からベトナム人が離れ始めている」

やがてコロナ禍が収束すれば、ベトナムからは再び実習生らが日本へ押し寄せ始めるだろう。学歴もなく、母国では仕事が見つからない貧しい人たちが、
仕事を求めてやって来るわけだ。その一方で、能力があり、裕福なベトナム人は、欧米諸国に向かうか、自国に留まる道を選ぶ。
ベトナムの賃金上昇が続き、彼我の経済格差がさらに縮小すれば、やがては実習生すら日本に来なくはるはずだ。それはすでに、
かつて出稼ぎ外国人の中心だった中国人の動向で証明されている。そのとき日本は、どこの国から労働者を受け入れるのだろうか。
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