がん細胞を「自分を殺す薬」の製造所にできたようです。
5月25日に『PNAS』に掲載された論文によれば、がん細胞の遺伝子を書き換えることで、がん細胞自身を抗がん剤の生産工場に変えることに成功したとのこと。

がん細胞内部で作られる抗がん抗体の濃度は血中の1800倍にも達し、腫瘍組織は穴だらけになり、内側から崩壊していきました。
しかし、研究者たちはいったいどんな方法で、がん細胞の遺伝子を書き換えたのでしょうか?

がん細胞をどのように効率的に殺すか、現代医学は最も重要視しています。
しかし正常な細胞を傷つけずに、がん細胞だけを攻撃してくれるような選択性能がある薬の開発は困難でした。

そこで今回、チューリッヒ大学の研究者たちは、がん細胞を攻撃する手段としてウイルス(アデノウイルス)を用いることにしました。
ウイルスは細胞表面にある特定のタンパク質に結合することで感染します。

ウイルスの遺伝子を編集することで、病原性と増殖能力を奪うと同時に、がん細胞の表面にあるタンパク質だけを認識するように書き換えられるのです。
この手法により、ウイルスは注入量に応じて(勝手に増殖せずに)、がん細胞だけに感染するようになりました。

しかしがん細胞を殺すには、強力な毒素あるいは抗がん抗体や免疫物質が必要になります。
そこで研究者たちはウイルスの遺伝子をさらに編集し、がん細胞を認識して攻撃する抗体の遺伝子と、サイトカインなどの複数のヒトの免疫物質の遺伝子を書き加えました。

がん細胞にウイルスが感染すれば、これら抗体と免疫物質の遺伝子が、がん細胞の内部に入り込み、ウイルスの体を作る代わりに、がん細胞を殺す抗がん抗体と免疫物質が生産されるようになります。
つまり、ウイルスの増殖能力を乗っ取って、がん細胞に自身を殺す抗体と薬の生産工場に変えられるのです。

今回の研究では加えて、作り上げたウイルスの性能を実証する実験も行われました。
研究者たちはまず、マウスを強制的に乳がんにし、次に用意していたウイルスを感染させ、がん細胞に対するウイルスの効果を確かめました。

「改造ウイルス」vs「がん細胞」の対決はどうなったのでしょうか?
がん細胞に対して改造ウイルスは効果があるのか?

結論から言えば、かなりの効果があったと言えるでしょう。
ウイルスが感染しはじめると、腫瘍全体のあちこにに小さな穴が開き始め、腫瘍に栄養を供給していた血管がボロボロになりました。

がん細胞内部で生産される抗がん抗体と免疫物質が、がん細胞を内側から攻撃して破壊しはじめた結果です。
また研究者たちが抗がん抗体の濃度を腫瘍内部と血液で比較したところ、腫瘍内部には血中の1800倍に達していたことが確認されます。

この結果もウイルスが、がん細胞だけに感染したことを示します。
今回の研究により、「自身を殺す薬の生産工場」にがん細胞を変えることができました。

加えて今回の研究では、ウイルスの細胞認識部位を書き換えることで、乳がん以外のさまざまながんに対応できるウイルスのプラットフォームの作成が行われ、将来のがん治療の標準化が試みられました。
アデノウイルスを用いたがん治療の試みには20年近い研究の積み重ねがあります。その中でも今回の汎用性の高いプラットフォームの開発は大きな成果と言えるでしょう。

もし人間でも十分な成果があるなら、腫瘍の部位ごとに対応したウイルスを注射するだけで、がん治療ができるかもしれません。

https://nazology.net/archives/89383