【かぶき者】米沢の山に前田慶次の“墓所”発見? 地元の会調査「可能性高い」 慶次の410回忌に発表 [ごまカンパチ★]
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山形県米沢市で晩年を過ごした「かぶき者」として名高い戦国武将、前田慶次について、同市堂森の善光寺(酒井清秀住職)は4日、
堂森山(標高311メートル)の中腹で墓所とみられる地形が見つかったと発表した。
調査は「米沢前田慶次の会」(梅津幸保会長)が担当し、同日は慶次の410回忌。
関係者は「遺骨が400年以上、眠っている可能性が高い」と話した。+
場所は、同寺本堂の裏手にある堂森山の山頂から東側に70メートルほど下った斜面の一角で、溝で囲まれた人工的に平らな地形。
溝を含めて南北16・6メートル、東西13・8メートルの大きさで、L字型の小さな塚状に整形されている。
山の周囲には、慶次が生活用水に使っていたと言われる「慶次清水」や晩年に暮らした「無苦庵」とされる住居跡がある。
会の副会長で、米沢市教育委員会の埋蔵文化財を長年担当した考古学研究者、手塚孝さん(67)は
「形状から、中世末期から江戸初期の武将クラスの墓と想定される」と説明。
「堂森で有名な武将は慶次しかいない」と強調した。
同じ山中に慶次の友人で、上杉氏家臣だった志駄義秀の墓所もあるが、中腹を平らに整形していて類似しているという。
米沢藩の地誌「米沢地名選」には「(慶次の墓は)善光寺にあり。慶長17(1612)年6月4日堂森に死す」と記されている。
さらに、市立米沢図書館が所蔵する「堂森秋月之図」には、善光寺の裏手に石塔が描かれており、同会は慶次の旧供養塔と見ている。
今回見つかった場所は、そこから山の裏側に当たる。
慶次の最期については、米沢市の旧一華院に埋葬された説や、大和国で亡くなった説もあるが、梅津会長は
「今回の発見が、堂森で亡くなって埋葬された通説をさらに裏付けた。いい供養になる」と語った。 逆張りを不変ものにまで昇華させたスターが前田けいじ
侍と言えるだろう 現代人はただの家来だった奇抜なヤツを持ち上げすぎなんだよ 上杉祭り以外の目玉が出てくんのかな
直江役の人がすぐに結婚できるようになるってジンクスなかったっけ 慶次よりカルロスが印象深い。
彼の強さは人智を越えている。 >>2
からだが大きくて力があり比較的動きも俊敏で鋭い牙を持つ肉食獣だからよ 者どもマラを出せっ
これは現代の会社でも使える部下を選別するのに使える方法 そーれそーれそれ
そーれそ
そーれそーれそれ
そーれそ
おりゃおりゃおりゃおりゃ
よっしゃぁ 前田慶次がいたなら徳川なんてイチコロだったのに何で追撃しなかったんだ 所詮は個性出してるつもりでトンがってるだけの社会不適合者
馬鹿馬鹿しいにも程がある >>28
セクハラか猥褻物陳列かLGBTQイジメの3択でいいか? >>36
いいセンスのネーミングだよな少年誌なのに 前田利家の甥っ子だから許されてたってところはあると思う へー、今になって見つかるなんてあるんだ
昔の武将や武士の手紙なんかは時々旧家の蔵から発見されたりするけど
お墓なんて大切にされて代々世話役がいるもんだと思ってた あまり知られてないが
真田幸村も一時期、上杉家に行儀見習いで来て上杉謙信の薫陶を受けてる >>34
カルロスなら北斗の世界でも、南斗六聖拳に入る位強いよ 来週の頭にはメルカリに前田慶次の遺骨が出品されてるな 幸村は幼少から親父の真田昌幸だけでなく武田信玄や上杉謙信の薫陶を受けてんだよな
そりゃ天下無双といわれるまでなるわ >>47
朝鮮編を無理に琉球に改変しておかしくなったと聞くな >>51
大河ドラマ真田丸も遠い昔になったのね... >>64
あの改変のおかげで利沙ちゃんが出てこられたから、
オレ的にはうれしい改変。(´・ω・`) >>1
>堂守で有名な武将は前田慶次しかいない
くんくん
箸墓古墳のにおいがするニャァ 410回忌ってああた しかも墓まで荒らされて有名なお武家様は大変だな 信長の野望の何だったか忘れたけど隠しキャラで前田慶次が出てきてびっくりした記憶
ちゃんと原哲夫の絵だった >>36
てか、
岩兵衛…出てこない
おふう…出てこない
琉球編以降 名前変えまくり別人 読者受け狙って若く書いてるけど実際はおっさんだったとか
どっかで見た エピソードのほとんどが実は利家のものだって聞いた
作中だとヘタレだけど >>1
戦国時代でもっとも過大評価された武将
当時は無名の小物でしかない 家康が三方ヶ原で信玄に蹴散らされほうほうの体で逃げ延びた時に
あまりの恐怖でクソを垂れたんだか
それを指摘して来た家臣にこれは味噌だと誤魔化した
これがクソ味噌の語源な >>91
そもそもそういうエピソードが語られるほど有名な人物じゃない
ほとんどが後世に作られた話
当時は誰それってレベル まあ自分的には
殿クソを垂れましたなって無遠慮に指摘する家臣を
お前はアスペか?と斬り捨ててやりたいけどな 公開されたこの人の鎧の見に行ったけど小さかったな。漫画のような大男ではないと思う。 信玄あたりも川中島で謙信がウリャーーーー信玄どこだと
単騎で本陣に突っ込んで来た時は小便チビったと思うが
そういうのを書き記したらあかんわな >>1
前田何某って誰?
前田利家なら知ってるけど 直江の大河ドラマに慶次郎が出てこなかったのくらいズッコケたことはない
プロデューサーがブーイングを恐れて出せなかったようなことを言ってた
何もマンガっぽい必要はなく剛気な感じの老武将で良かったのに 花の慶次が流行るまでは無名の人やったんたよなぁ
今では最も知られた武将の一人だが ワシの自慢は、前田慶次所蔵と言われる具足三領をみんな見てきたことだな。 >>9
確かに50年前には架空が有力だったが研究が進み様々な書簡に名が確認され
鑑定は微妙だが手紙や日記まで発見されて実在が今は定説となっているようだ
因みに利家の甥といっても実際は利家の兄が養子にした娘の夫で血縁関係はない
養子にした娘が滝川一益の縁故であることから滝川一族であるとするのが有力説 >>64
原は昔からオリジナルやると微妙になる
慶次は原作あって隆慶の弟子が脚本やってたから出来良かったけど
北条の後で何故か脚本が降りて原作ともかけ離れた実質オリジナルになって迷走した
ラストは原作路線に合流したからなんとか締まったけど 佐渡ヶ島で埋められてた大男憶えてるわ
デコにひよこの入れ墨してるヤツ 地獄の鬼にも傾いて見せろ
慶次って出羽合戦にも参加してるんだな
もう死ぬ前ぐらいの話だしこの辺は漫画では描かれてないか? >>125
織部の茶会に顔出したこともあるそうだから
へうげに慶次が出ても無理推しではないんだけど出なかったな >>10
これを週刊少年ジャンプでやってて小学3年生くらいでも読んでたわけだからな
いかに最近の漫画やアニメが幼稚な絵柄かって事だな
大学生にもなってヒロアカみたいなガキ臭い絵柄の漫画が好きなの幼稚過ぎる
鬼滅も普通に幼稚だけどね >>109
利家とまつでミッチー起用したのがブーイング浴びたのか 信長の野望に出てくる慶次がマンガに似せてるのはなんか笑える 滝川の血筋強いよな
池田恒興滝川一益前田慶次ここみんな同じ血筋 一夢庵ひょっとこ斎の墓か。
花で賑やかにしてやれ。 >>18
いや、この時代、コンクリートジャングルないし。 彼が有名になったのはもちろん1989年末に連載開始の漫画、花の慶次によって
同じ頃システムソフトのSMG天下統一にも出てきたが能力値は平凡
コーエーの信長の野望に登場したのはもう少しあと
自分は山田風太郎の叛旗兵で初めて知ったから
前田ひょっと斎の名前で覚えた >>13
ほんと、その通り。
侍なんて、いまでいう社畜なのにねw
先祖が侍だと自慢するやつがいるけど
ただの雇われ人じゃね。
自営業者より下人だぞ >>135
ワロタw
すべてを飲み込む大物っぷりが良かったよね 坂本竜馬が司馬遼太郎の創作のイメージで教科書に載った程にはならなかったのは盛りすぎたのかね >>47
影武者徳川家康でも修羅で無理矢理朝鮮要素をねじ込んできたり
かなり昔から韓国忖度・韓国ごり押しが始まってたんだだなーって考えさせられるよね 3大、この人のお陰で一躍有名
司馬遼太郎→坂本龍馬
原哲夫(やはり原作より漫画)→前田慶次
内館牧子(と緒形拳)→尼子経久 >>33
逆に最上に追撃されて逃げまどってんだろw >>144
自営業者も色々だけどな
のび太みたいに一般企業で通用しない零細とか >>1
家族がこの人のファンなのだけど、良さが余りわからない >>147
一無庵風流記は唐。
それを元に花の慶次を原哲夫が漫画化した。
以下抜粋。
原作中盤の「唐入り」編は出版社側の意向により、漫画版オリジナルの琉球編へと大幅に変更された。
作者ではなく、出版社の意向。 >>129
今の漫画家と昔の漫画を比べちゃだめだろ
レベルが違いすぎる >>162
それはタブーやで。いろいろと。(´・ω・`) 漫画では大男になってるけど、現存する本人の鎧から推定される身長はだいたい160cmぐらいだそうな。 慶次が終末のワルキューレに出たら神側が総がかりでも勝てないな >>64
仕方ない、原作ではかなり朝鮮人をディスってるからな
あんなの漫画にしたら、半島が火病起こしちゃう
ロクな戦闘もできない弱兵の集団として描かれてる
そして慶次と一緒になるのは伽耶の王族の娘という絶対
朝鮮人が発狂する 実在の人物らしいけど、実際はどんなカオしてたんだろう?
歴史上の人物のツラを一人だけ拝めるとしたら、俺は卑弥呼だな。
横山大観が描いたような、コケシみたいな典型的な弥生ガオなんだろうと妄想している。
今だってあんなカオして活躍してる賢い女性が沢山いるもんな。 >>164
安土桃山時代ならソレでも大男だろうなあ
江戸期の平均で150センチくらいだろ 原哲夫のせいで異様に評価が高いからな
歴史なんてファンタジー要素入ってたほうが楽しいんだが 要するに余り知られてない有名人って事かな
名ばかり先行してるな >>177
後年の多少の脚色はあるんだろうが、
あの話は基本実話みたいだな 景勝は無口で怖いと言われてるけど実際は部下へお前んち台風で壊れたんだwと手紙を出すお茶目さん シン=カルロス。面白い漫画だったな。これで直江兼続に興味持ったくらいだから。 >>61
一武将としても現実の実績としても兄ちゃんの方が上 >>129
国民総幼稚化してると思うわ
特に低年齢層の精神年齢がヤバい
ジャンプの責任も大きいと思う 漫画の花の慶次は前田利家の評価を下げるよね
まあ賤ケ岳で敵前逃亡したから仕方ないか かぶき者はふざけた奴を指し、婆娑羅(ばさら)は派手な人を指す。
前田慶次はふざけた野郎だったんだろな。 >>187
賤ヶ岳のは秀吉に恩売り付けに見えるんで恥なヤツじゃないんでね 前田利家を熱い風呂と騙して水風呂に入れさせたのと
猿真似した時に上杉景勝が怖くてこいつだけスルーした話が有名 >>129
ジジイになると劇画系の絵柄が偉いと思っちゃうんだね
当時でも子供達には古臭い絵柄だと思われてたよ 木の上で敵の女とやってたよね
子供心に興奮しちゃったよ 石川県に前田慶次の生家があるが元々尾張の滝川一益の次男坊だろ
裏切らないように次男坊同士を入れ替えるで前田家に行ったんだろ
出生地尾張なのか?
「俺は甲賀の出だ」なんてセリフもあるから滋賀県あたりなのか?
一益君教えてくれ NHKでだいぶ前に藤竜也主演でかぶき者慶次ってドラマが放送されたな。
まあまあ面白かった。 戦場で斬られて大怪我したハゲ入道に小便かけるシーンが妙に記憶に残ってる 本当は「慶次郎」で、漫画連載時に原作者が「若者向けに「郎」を取りましょう」と提案して「前田慶次」になったんじゃなかったっけ?
今やそっちのほうが広まって正式名称みたいになってるのか? >>199
そもそも前田慶次郎とします、がフルネームだろ
とします変換できん >>47
編集にチョンが入り込んで、チョンに忖度して朝鮮編を沖縄編に改変したんよ
ヒカ碁もそうだけど関わると途端にゴミになる >>203
あんたはまず名前の読み方統一するとこから >>106
君の知識の浅はかさは推して知ることができる >>212
まあ小男ゆうても当時では平均の範囲内
一応兼続と共に前線には出てたようだけど実際は文化人としての存在だろうね
恐らくは世のイメージと実態が最もかけ離れてる武将
次点は山本勘助かな >>193
愛知県あま市におまつの方の生家跡があって、今は寺になっている
利家とまつが大河ドラマになって観光バスが来たのだが、下調べが十分でなかったのか
狭い道からバックで出ようとして後輪を田んぼに落として大渋滞をしたことがある まあ、講談や小説で有名になった偉人、武将の中には盛り過ぎあるいは全くの創作に近い人物がいるからな。
山本勘助は歴書に殆んど名前がないというさは、宮本武蔵は9割以上が創作、坂本龍馬も大した仕事はしてない。 >>202
そもそも家督を横から取られた被害者が慶次だからな
前田家長男の利久、その養子が慶次
利久は武芸には疎く、その反対に
槍の叉左とまで言われた次男利家は織田家でも覚えがよく
家督を継ぐ事になるのだが
慶次から見れば、いずれ自分が継ぐはずだった前田家を取られた構図になる >>199
「前田慶次道中日記」なんて文献もあるから、原作者が郎の字を取ったわけじゃないだろう >>78
隆慶一郎の別の著作から若干変更を加えての登場だね
岩兵衛は花と火の帝から
おふうは吉原御免状からかね >>219
おふうはいつの間にか漫画から消えてしまった。 >>220
七霧編最後で本当の父親の公家の所に引き取られて行ったよ
改変された箇所に原作の記述をブッコんだり他の著作から引用したりで漫画オリジナル部分は滅茶苦茶もいいとこだw 近鉄バッファローズの鈴木啓示(けいし)の方が感動した。 言い伝えでは曾祖父が前田家の血筋らしいから俺が定職に付かないのもうなずける 敵扱いの雑魚キャラもそれなりに
プライドあったり魅せてくるから好き 隆慶一郎先生の小説は、どれも超絶面白いので、普段、歴史小説を読まない人にも、超絶おすすめ >>217
そんなわけで負い目があって強くは出れない利家に対して
戦場で
利益「やあやあ我こそは前田利家の影武者なるぞ!」
敵「じゃああっちが利家か?」
利家「ちょwwおまww」
とか水風呂とか一歩間違うと謀殺未遂にも取れる真似をやっているw >>229
前田慶次郎利益の子孫は記録上残っていないし残っていたとしても前田家の家系図に入ってないから
お前の祖先は皆ちゃんと藩主、公爵家として定職に就いていた奴ばかりだぞ >>191
逆パターンで上は適温なのに厚い風呂という謎の風呂を沸かしたこともある
風呂焚きの魔術師でもあるw
湯気で見えないのを良いことに和紙でも張って対流を阻害した? >>240
あったとしても捏造された物だがよろしいか? 本当は前田利家じゃなく慶次の家系が前田本流だから
慶次が面白くなくて出奔したと聞いた >>243
利益な利益。
慶次は通り名
ヒョットコ斎と同じな。 >>237
水風呂ドッキリ作戦は、史実だったのかw 面白すぐるw >>236
影武者徳川家康の忍法は笑ってしまう
大昔時代劇にもなってんだよな 隆慶一郎の作の主人公は酒豪性豪ばかり。脇キャラで真面目清楚なのは直江兼続奥村助右衛門石田三成
主役級なのでは島左近が口説きはするがエロシーンは無いな。 >>243
それは事実だろうね
養子とはいえ本来は前田家嫡流の俺がなぜ庶流の風下に立たねばならんのかという、屈折した思いはあったと思う
叔父の利家はともかく、従兄弟の利長から家臣扱いされるのは我慢出来なかったんじゃないかな マンガ見て慶次に憧れ博物館に彼が着ていた鎧見に行ったが、ちっちゃかってガッカリしたわ。どうみても170センチ位だった。 >>256
いやでもマンガのイメージじゃ、どうみても2メートル近くあるじゃん?ティンコもクソでかいしさ… >>239
おもろいなw
戦国武士なのに一休さんみたいな親しみを感じる
幼少期は寂しかったんだろか? >>258
原先生が現代風に描いてるんや。
女性キャラも髪がリンスで艶々や。 前田慶次は3m350kg体脂肪率1%で100mを4秒、フルマラソン30分とかの人間であってほしい。
戦国時代ならマジで居そう。 穀蔵院忽之斎のスレ
傑作ゲームの太閤立志伝でもさ、5だったかな。
この前田慶次、関ヶ原後はなんかそういう名前になっちゃうんだよなw
ひょっとこ斎、あれはなかなか芸が細かいですな。
まあ、前田慶次ですか。この表記も歴史的にはどうかってところだろうが
ともあれ漫画や小説でといった非常にフィクションなんかで有名ですが、
しかしてその史実や実際のどうこうについては
今なおわからんところはあるわけですなあ。
例えばその、肝心の墓所がどこなのか、とかね。
まあ、もちろん創作のそれしか知らないけどさ
あのキャラクターからすると主家に従い米沢送りになったのち
墓所すら定かじゃなかったってのはいかにも「らしい」気がしますな。
>>236
同意。著名作『吉原御免状』とかね、面白いよなあ。
しかし『死ぬことと見つけたり』
あれ未完なんだよねえ。これは残念であった。
もちろん泉下の作者が一番残念だったろうけどさ。 ドラマで米沢にいる前田慶次爺の所に実娘が訪ねてくる話有ったよなー
あれの慶次は別に頭丸めてなかったな >>262
真柄直隆みたいなのが上限だろうな
>>263
山下清は存命中、既に充分有名人だったよ
なんかで読んだ、なんでお椀二つ持ってるのかの説明が好き
「一つだとご飯しかくれないけど二つだとオカズも貰える」 小便首でもきちんと髪結って化粧すれば高く売れたらしいぞ
農民夫婦とかが、いくさ場から首とって来て部屋に並べて寝てたそうだ >>254
とはいえ前田家なんて大層なもんでもなく、出自の怪しい秀吉と付き合いあるくらいの家格でしかも一度出奔済みの出戻りから
加賀100万石の基を築いたのはほとんど利家の功績なんだよな、目立つ功績に乏しいけど
人の感情なんて筋道たったもんじゃないから
それでも嫡流風吹かせたかったとかもありえるけど、カッコ悪いなそれだったら >>270
自由人を謳っていながら家なんてものの格式で人の序列を付けてたってことになるからね
そうなると途端に小物臭が漂う 「自由」は、幕末に作られた語だから
少なくとも「自由人」という単語で自称してる文献は無い筈 >>212
具足は、体型に合わせてある程度自由になるよう作られている。 晩年の慶次は自身の書状で腹痛で寝たきりだったが、薬を送ってもらったお陰で
なんとか歩くことができるようになったと言ってて漫画のイメージと違いすぎて悲しくなる >>271
当時の家格、嫡庶の区別は現代人には想像できないほど重みがあったからな
その辺を拗らせた人物も、昔の文化人には結構多い 戦国の世なので病弱を理由に弟に家督譲らされた事例は別に珍しくない
長尾晴景や井伊直継など >>279
拗らせてショックでグレたというべきではないかw?
>>280
養子とは言え健康な息子が居たからなあw
息子的にはブチ切れ案件
で利家にも負い目があるから負い目に付け込んで悪さする不良中高年w
江戸時代初期ぐらいまでは不良中高年が多い >>280
井伊家の一件も、関が原以前だったら当然一悶着あっただろうね 関ヶ原の時に上杉軍で3倍の勢力で最上を攻めて負けたくらいなのに本当に強かったのか? 何を隠そう米沢在住者は今でもかぶき者が多い
山形大学の俺が言うのだから間違いない >>287
Wikipediaみたら隆先生が早世したので、読者が風太郎作品に流れブームが再燃したとか記載されてたわ。
まんま俺かと。 >>286
聖徳太子「まだまだ若いな。ワシは今年1400回忌じゃ」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています