民主主義は危機に瀕している、民主主義は絶滅寸前だ──。近頃ではそんな悲鳴にも似た叫びばかり耳にする。

世界各国の自由度を評価している国際NGOフリーダム・ハウスは2021年の年次報告書でも15年連続で政治的自由の後退を指摘した。
(中略)
だが民主主義の未来は決して暗くない。それどころか、多くの人が考えるよりはるかに明るく輝いている。

実際、今やいわゆる「近代化論」の正しさが証明されつつある。すなわち経済開発が進むと、教育レベルが上がり、情報量が増え、人々の知識や判断材料が増える。
その結果、人々はただ「お上の命令に従う」のではなく、自分の意思を持ち、自分の頭で物事を考え、政治へと動員されるようになる。
これは一部の研究者が「認知動員」と呼ぶ現象だ。人々の知的レベルが上がることで、自由民主主義を支える土台、すなわち成熟した市民社会が形成される。

■「民主主義の脱定着」説の問題点

民主主義の衰退を論じるはやりの理論、「民主主義の脱定着」説をご存じだろうか。
民主主義が定着した国々で、特に若い世代を中心に既成政治離れが進み、強い指導者が求められるようになる、という説だ。
実際、民主化の歴史が浅いブラジルのような国だけでなく、民主主義の旗手たるアメリカでも、歯に衣着せぬ物言いをする権威主義的ポピュリストが熱狂的支持をつかんだ。

こうした指導者は「民意」を盾に取って政敵をつぶし自由を制限する。いい例がハンガリーのオルバン・ビクトル首相やトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領だ。

(中略)

だが、この説には2つの欠陥がある。
(中略)
例えば、第2次大戦前に生まれたアメリカ人の72%は民主的な社会で暮らすことが「最も重要」と考えているが、30代から40代前半のミレニアル世代ではその割合は30%にすぎない、というのだ。

しかし部分ではなく全体に目をやれば、フォアらの主張の誤りに気付く。
筆者は学術誌ジャーナル・オブ・デモクラシーに掲載された論文で、民主主義支持の民意は1990年代から現在まで75%でほぼ一定していることを示した。参考にしたのは94?98年と17?20年の世論調査だ。

そもそも「民主主義への支持」という問い自体に問題がある。
文化的な背景が違えば、人々が民主主義に抱くイメージは違ってくる。ミャンマーやキルギスでは、「統治者に従うこと」が民主主義に「不可欠」だと考えている人が40%を超える。
同様にエチオピアやイランでは、「富の平等な分配」が不可欠だと考えている人が30%以上。一口に民主主義と言っても、解釈はこれほど異なるのだ。
そうしたニュアンスの違いを無視して支持率を比べれば、今の流れを読み違えることになる。

筆者は国際プロジェクト「世界価値観調査」の何十年分ものデータを分析した。その結果、世界中で見られる社会・政治的な混乱や分断の下で「文化的な地殻変動」とも言うべき変化が起きていることが分かった。

(中略)
■解放的な価値観は上昇傾向

調査のデータがあるほとんどの地域で解放的な価値観は上昇傾向にある。その結果、若い世代は民主主義の原則に傾倒していくはずだ。
1960〜2018年、これらの価値観の支持率は、中東では(他の地域に比べればペースが遅く限定的だが)24%から38%に上昇、ブラジルでは31%から51%に上昇した。
世界をリードしているのは北欧諸国で、特にスウェーデンは筆者らの推計では45%から80%に上昇している。

何より、自由、権威、社会における個人の役割に関するこれらの基本的価値観を若い人々が受け入れれば、それに対応する世界観も持続する傾向がある。
そうした考え方、感じ方が一時的ではなく生涯にわたって身に染み付くのだ。

制度というものは永続性を目指すので、大抵ほとんどの政治体制は変わらない。だが不変に見える独裁政治の下では、文化的変化が熱とエネルギーを蓄えじわじわと進行している。
若い世代で解放的な価値観が台頭すれば、次第に政府の権威主義体制と個人の自由や自主性や機会を求めてやまない人間的欲求との間に構造的矛盾が生じる。

(中略)
例えば、ポルトガル、韓国、スペイン、台湾では、生活水準の向上と教育の拡大によって解放的な価値観が台頭し、
大衆の民主化圧力が高まって独裁政権が打倒された。時とともに政権の構造が社会の価値観に対してあまりに非民主的になり、ずれが一層鮮明になるのだ。

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