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ある日の靖国神社
 きっかけは運転手のおじさんの一言だった。

 緊急事態宣言が明ける数日前、6月中旬。仕事が長引いて、子どもの保育園の迎えに間に合いそうもなく、やむなく東京都千代田区一ツ橋の会社からタクシーに飛び乗った時のことである。

 「五輪をやって、だれか死んでも、だれもああして祭ってくれませんしねえ……」

 車が東京・九段にさしかかったあたりで、運転手さんが「ああして……」とあごを振った先が、薄暮に浮かぶ靖国神社の大鳥居だった。

 靖国神社は明治維新期の内乱や対外戦争などで、天皇の側で戦い命を落とした軍関係者らを「祭神」とする。戦争と五輪は違う。だが国策がもたらす国家イベントなのは同じである。五輪による感染拡大で亡くなる人がいれば、それはただの感染症死ではなく、国策による犠牲者ということになりはしないか。

 祭神は、その是非はともかく「国の為に戦い尊い命を犠牲にされたご英霊」(4月21日、靖国神社に参拝した安倍晋三前首相のツイッター)などと顕彰される。では「コロナ五輪」の犠牲者はどうか。例えば菅首相は、無念の死を遂げた人に「五輪開催のために尊い命を犠牲にされて……」などと言えるのか。犠牲はだれが引き受けるのか。犠牲の上の五輪で、私たちは何を手にするのか。

 こうしたことへの答えは何ひとつ示されていない。タクシーの運転手さんの一言を聞いて、改めてそのことにがくぜんとしたのだ。

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