<驚異的な速さで新型コロナワクチン開発に成功したバイオベンチャー企業モデルナのCEOが語る、mRNAの可能性と癌治療の未来>


ステファン・バンセルが「社員2号」として米モデルナに入社して10年、同社は新興企業から時価総額890億ドルの世界的企業に成長した。
記録的な速さで開発された同社のCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)ワクチンは、6000万人近いアメリカ人に投与されている。

バンセルは6月、本誌英語版の発行元ニューズウィーク社のデブ・プラガドCEOとズーム(Zoom)でテレビ会談を行い、
今後のメッセンジャーRNA(mRNA)研究への期待と癌治療の未来、COVID-19ワクチンの追加接種が必要になる可能性について語った。

――あなたはモデルナに入社する前、仏ビオメリュー社のCEOとして従業員数千人、
売上高数十億ドルの企業を経営していた。2011年に2人目の社員としてモデルナに移ったのは、どう見てもリスクの高い行動だった。何があなたを動かしたのか。

とてもシンプルだ。mRNAが安全で効果的な医薬品として使えるようになれば、医療の世界を根底から変えることができる──当時の私はそう考えた。
mRNAが使えれば、生命科学で50年前から使われている遺伝子組み換え技術を活用できる。

さらにmRNAは細胞内に入り込めるので、細胞の内部や細胞膜でタンパク質を作ることもできる。
それによって、DNAに含まれるタンパク質の約3分の2を作れる。

この種のタンパク質は従来の技術では作れない。だから製薬会社が50年前から利用してきた低分子化合物を使い、
これまで開発できなかった薬を開発できれば、生物学の可能性が一気に広がる。
それを安全に実現する方法を発見できれば、医療を根底から変えることになると考えて、やってみることにした。

――モデルナのワクチンは世界を変えつつある。成功の秘訣は何だったと思うか。

まず、優れた科学に徹底してこだわったことだと思う。最初の2年間は資金もなかったので、小さな試行錯誤の連続だった

創業から2年後、アストラゼネカ社と大型パートナーシップ協定を結び、前払いで2億5000万ドルの現金が手に入った。
そのおかげで質の高い研究ができるようになった。自分たちで実験して、何かうまくいかないことがあれば、
チーム全員を集めてブレインストーミングを行い、予想どおりの結果にならなかった理由を議論した。

実験をするのは、うまくいくことを期待しているから。うまくいかないのは、実験前に立てた1つまたは複数の仮説が誤っていたからだ。

そして誤っていたことを証明するためには、何が必要なのかを見つけ出さなければならない。
そうすることで、科学についての見方、やろうとしていることについての考え方を変えることができる。
私たちには極めて質の高い科学が必要だった。そしてもう1つ、私たちは長期的な視点に徹底してこだわった。

――今の説明は「プラットフォーム企業」としてのモデルナにもよく当てはまると思う。
貴社のプラットフォーム研究担当責任者メリッサ・ムーアは、モデルナを多くのアプリ(ワクチンや治療薬)が動作可能なiPhoneに例えた。
(mRNAを利用した)モデルナのプラットフォーム上で何種類のワクチンや治療薬を開発できるのか。

どのような時間軸で考えるかによる。私たちの創薬手法によって、数種類のワクチン開発がとてもうまく進んでいることが最近6〜9カ月で分かってきた。

私たちはこのようなワクチンを何千種類も作れると考えている。
利用する技術は全く同じ。メッセージに書かれた生命の4文字(DNAの塩基配列)を、ソフトウエアの0と1のように変えるだけだ。

このやり方で別の種類のワクチンも作っている。現在開発中のワクチンは9種類。
まだ臨床段階に達していない研究室レベルのワクチンも多くあり、間もなく発表の予定だ。私たちはワクチン・ビジネス全体を完全につくり替えることになると思う。

治療薬の分野では、肝臓に入って肝臓の希少な遺伝性疾患を治療する薬から、癌や心臓病の薬まで、5種類を開発中だ。
私たちは米バーテックス・ファーマシューティカルズ社と共同で、mRNAを口から肺に入れる研究にも取り組んでいる。

数週間前には、mRNAを静脈から体内の幹細胞に送り込む新しい薬物送達システムを開発したと発表した。
臓器再生や自己免疫疾患の治療などに画期的な進展をもたらす可能性があり、大いに期待している。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/08/post-96853.php