いまはスマートフォンが一つあれば買い物をしたり、世界中の人たちとつながったりできる世の中になった。だが、企業間の取引では、FAXを始めとする紙のやり取りがいまだに多く残っている。なぜペーパーレスが進みにくいのか。先行して取り組んでいる企業を取材してみると、一筋縄ではいかない事情も浮かび上がってきた。

従業員4人 コロナ禍であふれた注文書
 昨年春、東京・新宿にある「エコムーバー」は突然、忙しくなった。除菌効果のある次亜塩素酸水の製造・販売を手がける会社。新型コロナウイルスの最初の感染拡大で消毒用アルコールが市中から消え、代替品として全国から来る注文が普段の10〜20倍に増えたからだ。

 従業員はたった4人。1台しかないFAXからは次々と紙がはき出され、大量のメールをプリントアウトする作業にも追われた。2台ある電話だけでなく、大川貴久社長(48)の携帯電話もひっきりなしに鳴った。「電話では受けられない。注文はFAXで送ってくれませんか」

 しかし、あまりの受注増に紙を頼りに1枚ずつ、人が確認して順番に処理していく作業フローは破綻(はたん)寸前に。数量の間違いや商品、請求書の送り先を間違うといったミスが起き、商品の製造も追いつかなくなっていった。「FAXはこっちの都合を知りませんからね。まさに、てんてこまいでした」と大川さん。

 限界を感じ、商品の受発注をパソコンやスマートフォンのアプリでできるシステムを月2万円弱で導入した。注文の内容はデータで記録され、顧客も納期などをネット上で確認できる。常時注文がある100件ほどの取引先にこのシステムの利用をお願いし、今はFAXやメールでの注文は年に数件のみ。ミスも大幅に減り、問い合わせの電話もほぼかかってこなくなった。

 こうした企業のペーパーレス化はどこまで進んでいるのか。エコムーバーがシステムを導入した「CO―NECT(コネクト)」の田口雄介社長(37)は「現場では、いまだに驚くほどFAXが使われているんです」と話す。

 経済産業省が昨年発表した報告書によると、企業間で行われる取引のうち、インターネットを利用したシステム上での受発注はまだ31・7%だ。残りの7割弱はFAXか電話、決まった形式ではないメールなどのアナログな手法によっているという。

 切り替えが進まない要因の一つが中小企業の多さだ。発注側と受注側とが同じシステムを採用しないと相互にやりとりができないが、体力のない中小企業はどうしても新たな設備投資をためらう。

 田口さんは「取引先を1社ずつ説得する必要があるが、デジタルの知識の差もあり、進みにくい」と解説する。エコムーバーの大川さんも「うちもコロナ禍がなければ、もっと遅かったと思う」と話す。

写真・図版
スマホからでも注文ができるコネクトの受発注システムの画面=2021年7月、東京都葛飾区
 東京・葛飾の居酒屋「鳥益」は2019年にコネクトを導入し、10件ほどの仕入れ先の一部にも切り替えを呼びかけたが、応じてくれるところはなかった。専務の榑林(くればやし)準さん(39)は「飲食業界全体でみてもペーパーレス化の取り組みはなかなか進んでいない。みんな『いまのままでも回っているからいい』という発想なのだろう」と話す。

■花王は4年前から脱FAX作…(以下有料版で,残り2337文字)

朝日新聞 2021年8月16日 7時00分
https://www.asahi.com/articles/ASP8D73MMP8DULFA01M.html?iref=comtop_7_06