2020年の11月中旬。飲まず食わずの路上生活が3日続いていた。今晩はこの冬一番の冷え込みになると、街角の大型ビジョンのニュースが報じていた。
でも、「全財産」が入っているキャリーケースの中にあるのは夏服だけ。寒さがこたえる。

この日、料金未払いで携帯の通話機能が止まった。所持金は現金1円とPayPay505円だけ。

夕方、東京都の相談窓口「TOKYOチャレンジネット」にフリーWi-Fiを使ってメールで相談した。
結果は「電話で連絡をいただけない方はお受けできません」という門前払いだった。

八方ふさがりの状況で井上さんはこう思ったという。

「これで死ぬ理由ができた」


井上さんは都内の私大を卒業後、希望していたテレビ番組制作会社に就職した。労働環境が劣悪な業界であることは覚悟していた。一方で、井上さんは家族関係に問題を抱えていた。
多くは語らないが、実家を出て一人暮らしになってからも父親に自宅まで押しかけられ、身体的な暴力を振るわれることもあったらしい。
毎日のように終電まで働き、ときに何日も職場に泊まり込むことさえ珍しくない仕事をこなし、その上、家族からのストレスまでは受け止め切れなかった。結局、メンタルに不調をきたし、数年で退職を余儀なくされる。

小さな番組制作会社の給料では貯金をする余裕もなく、ほどなくして1人暮らしをしていたアパートの家賃を払えなくなり、強制退去になった。
以後、マンスリーマンションや相部屋のゲストハウス、ネットカフェなどを転々とする暮らしが続く。派遣会社に登録し、検品やピッキング、「日雇い派遣」の仕事をした。
しかし、メンタルの波が大きく、仕事を長く続けることができずに収入は安定しなかった。

「派遣以外の仕事も探しました。でも、住所不定がネックになって……。かといって、アパートを借りようにも、派遣の給料では初期費用を用意することができないんです。コロナの感染拡大が本格化してからは、派遣先も少なくなりました」


2020年の夏以降は、コロナ切りに遭って仕事を失ったアルバイトや契約社員といった非正規労働者が派遣会社の募集に殺到していた。
ただでさえ体調が不安定な井上さんに、仕事は次第に回ってこなくなった。

「この頃はもう、お金があるときはネカフェ、ないときは路上という生活になっていました」


女性の路上生活は、男性に比べて危険に晒されるリスクが高い。生理になったときの負担も大きい。
井上さんは「夜、公園で眠る勇気はとてもありませんでした。生理痛が重いほうなのですが、痛み止めを買う余裕がなかったことがつらかったです」と振り返る。

路上生活になると、井上さんは昼間は公園のベンチや河川敷で仮眠を取り、夜はキャリーケースを引いてひたすら街を歩き回った。
寒空の下、薄手の夏服で歩く自分が、どんどん周囲から「普通」に見られなくなっていくようで恐ろしかったという。
そんな日々が続く中、「このまま終わっていくんだな」と、次第に死を意識するようになっていく。

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2021/08/19
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