AERA2021.9.1 16:00
https://dot.asahi.com/dot/2021090100037.html

出版関係の友人が、「ワクチン反対の本が売れている」と言っていた。確かに少し前ではあるが、アマゾンの売り上げランキングでも100位以内に、ワクチンの危険をあおるような本や、そもそも新型コロナウイルスなどというものは恐れるべきじゃない、怖いのはメディアだ!という論調の本が複数入っていたのを見て驚いたことがある。なかには医師によって書かれている反ワクチン本が10万部以上売れていたりなど、少なくない人が影響を受けていると思われる。

 ……というか、私の友人がいつのまにかソレにはまっていたのだった。

 久しぶりに確認した友人のSNSのタイムラインに、ドイツのメディアが正式に「コロナはうそだった」と謝罪したとか、PCR検査によって意図的に感染者がつくられているとか、ワクチン接種は人体実験のために行われているとか、5Gがコロナを広げたとか、「メディアは恐怖をあおるな!」とノーマスクで集まっている集団の講演会などがほぼ毎日紹介されていた。だいたいがYouTubeからの引用で、“マスコミはうそしか言わない”ので、だからこうやってSNSで本当のことを伝えていこう!という妙な明るさと使命感に満ちあふれたタイムラインになっていた。

 心優しく正義感の強い40代の女友だちだ。仕事を通して出会い、彼女の物事を見つめる視線の確かさを信頼もしてきた。それがなぜ?!とかなり混乱しつつ、元気?どうしてる?と電話してさりげなくいろんな話をしてみようかなとスマホを手にしては、ノーマスクでパーティーをしている写真などをみると途端に気が重くなったりを繰り返している。

 最初の緊急事態宣言から約17カ月。去年の今ごろ、「今よりももっとひどくなっている」未来を想像できていた人はどれほどいるだろう。変異する度に強くなるウイルスに科学は追いつかず、ワクチンは一縷の希望ではあるが万能ではなく、終息に向かう国はあっても世界はまだまだ緊急事態の最中だ。人類の歴史はウイルスとの戦いの歴史……ということは「知識」としては知っていたが、その渦中を生き、そのために未来が見通せない人生を送ることになるとは、去年の夏の私には想像できないことだった。強いられる理不尽、「見えないもの」との終わりの見えない戦いに多くの人が疲弊しているなかで、簡単に得られる「信じたい“真実”」にすがりたくなる人は、実はかなり多いのかもしれない。

そういうなかで、私たちの分断がますます深まる怖さを感じている。例えば陰謀論にはまっているというわけではないが、友人がこんな話をしてきた。「感染者数が増えているのはPCR検査のせいなの。感染しても発症しない人がほとんどのウイルスなんだから、あまり心配しないで自分の免疫力をあげるしかないよ、鬱々としているほうが健康に悪い!」。彼女は「PCR検査が少なすぎる」と言う私を励ますように言ってくれるのだが、私は申し訳ないと思いながら彼女の鼻マスクが気になったり、「無症状の人も感染させるから怖いんだよ」と反論しようか迷ったりする。大切な友人であり、テーブルを囲み大笑いしながら過ごしたたくさんの時を、こんなことで消し去りたくはない。でも……「感染者が増えているのはPCR検査のせい」と真顔で言われると、ムリッ!という思いでドアをパタンと閉めたくなる自分も確実にいる。

 2年前、私の親友が乳がんの闘病の末に亡くなった。「ステージ4だから根治はムリ」と医師に宣言されてから17年間生き抜いた彼女は、抗がん剤の知識を身につけ、海外のデータを調べ、最先端の医療についての情報を常に集めていた。「がん治療の研究は常に更新されるから、長生きしたら治るかもしれない」と希望を語り、実際にホルモン治療やつらい抗がん剤や放射線治療などに果敢に挑みながら17年間生き抜いた。その彼女に時折、「がんで人は死なない、医療で死ぬよ」「抗がん剤打ったら死ぬよ」などと脅したり、そういうことが記されている本をプレゼントしたりするような人はけっこうな頻度でいた。彼女は誰がそういうことを言ったのかを忘れはしなかったけれど、反論することはなかった。なぜなら、「抗がん剤で死ぬよ」と彼女に“教えてくれる”人のほとんどが心からの善意で、そして本気だったからだ。がんに対する医療アプローチについては違う考えを持っていても、別の場面では楽しいフェミ友だちだったりしたからだ。知性とか教養とかに関係なく、むしろ自分の知やリテラシーに自信がある人ほど、(私からすれば)極論やえせ科学を取り入れることもあるのだ。

(以下リンク先で)

★1::2021/09/01(水) 22:08