新型コロナウイルスのワクチン接種をするかしないか。

それは最終的には個人の判断にゆだねられるべきことだが、今、海外で宗教団体や宗教者の発言が、ワクチン接種に影響力を持ち始めている。
米国では、ワクチン接種比率が伸び悩んでいるが、その背景のひとつにキリスト教福音派の中に反ワクチンを唱える牧師や信者がいるからと言われている。

一方、ロシアではロシア正教会が「ワクチンを拒否する者は、生涯かけて償わなければならない罪人になる」と市民に呼びかけ、物議を醸している。
では、日本の仏教はワクチン接種をどう考えているのか。宗教とワクチンの悩ましい関係について触れてみる。

米国はファイザーやモデルナのお膝元で、世界に冠たるワクチン先進国だ。だが、ワクチン接種が国民の半数に及んだ今年春以降、接種率は鈍化し始めた。
現在、米国のワクチン接種終了率は53%(9月8日現在)。バイデン大統領は70%の接種率を目指しているが、実現できるかどうか不透明な情勢だ。

実は自国で承認されたワクチンを持たず、「ワクチン不足」と騒がれた日本の接種終了率は50%(同)で、近く米国を抜かすことは間違いなさそうだ。

米国のワクチン接種が行き詰まっている理由のひとつに、キリスト教福音派の一部に強硬に接種を反対する人々がいるからだといわれている。
福音派はプロテスタントの非主流派で、全米の人口の4分の1を占めている。宗教と国民生活の関係を調べている公共宗教研究所(PRRI)と
非営利団体インターフェイス・ユース・コアが今夏に行った調査によれば、白人福音派の中でのワクチン拒否率は24%であったという。

福音派は大統領選挙にも大きな影響を与え、トランプ前大統領の支持基盤としても知られている。
聖書の教えに忠実で、人口妊娠中絶や同性婚など世俗化の流れには抵抗の姿勢を示す保守派である。

福音派の一部には進化論を信じず、「血を汚すから」という宗教上の理由でワクチン接種拒否を貫き、科学的なエビデンスに耳を傾けない人も少なくない。
もちろん宗教上の理由だけではない。福音派のうち75%がバイデン大統領(カトリック信者)を「支持しない」としており、政治的な理由でワクチン接種を拒否する者も多い。

福音派の一部の牧師がワクチン接種拒否を呼びかけるなどしており、バイデン政権の頭痛の種となっている。

一方、米国と並ぶワクチン大国でありながら、同様に接種率が伸び悩んでいる国がある。ロシアである。
そのロシアで最大の宗教はキリスト教の一派ロシア正教会であるが、米国の福音派のワクチン接種拒否の姿勢とは真逆の対応をみせている。

ロシア正教会を信仰する割合はロシア国民1億4500万人のうちのおよそ4割。さほどは多くはないように思えるが、国内最大の宗教なのだ。
ロシアでは特定の宗教に属さない無宗教者が多いといわれ、また、イスラム教や仏教、カトリック、プロテスタントなど幅広く信仰されている。

先日、ロシアの大手通信社から私のもとに一通のメールが寄せられた。
「新型コロナのワクチン接種を拒否する人は、仏教の観点からは罪になりますか」

最初、私は質問の意図を理解できなかったが、どうやらこういうことらしい。
ロシアではコロナ感染症が再拡大しつつある。ロシアでは目下、第3波の渦中にある。トータルの感染者数は700万人を超え、死者も20万人に迫る勢いだ。

それなのに、ロシアのワクチン接種は伸び悩んでいるのはなぜか。
オックスフォード大学のOur World in Dataによると完全にワクチン接種を終えた割合はおよそ27%(9月8日時点)だ。

その背景には、政治不信とネット社会がある。ロシアでは、「ワクチンの中にチップが埋め込まれていて人々を管理しようとしている」
などの陰謀論がネット上で拡散され、多くの国民がそれを信じてしまっているのだ。その陰謀論を払拭できるのは政治への信頼性だが、それもロシアでは薄い。

そこで、舞台に登場してきたのがロシア正教会だ。ロシア正教会の最高位聖職者である総主教は先日、テレビ番組に出演し、
「ワクチン拒否は他の人々の死をもたらす。ワクチン接種を拒否すれば生涯償う必要のある罪人になる」として、接種を強く呼びかけた。

また、ロシア正教会の広報担当も「これまで教会に多くの信者が訪れ、懺悔した。我々は、彼らが自分や大切な人へのワクチン接種を拒み、
意に反して他人を死に追いやってしまったと後悔する現場を毎日のように見ている。罪とは他人よりも自分の都合を優先させることだ」と強気の発言をしている。
https://president.jp/articles/-/49902