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ルーズベルト大統領(C)Newscom/共同通信イメージズ

勇気、忍耐など…ルーズベルトが有していた政治家としての「5つの資格」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/295561

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 フランクリン・D・ルーズベルトは、アメリカの32代大統領として戦間期のもっとも難しい時期を担った。大統領に就任したのは、図らずもヒトラーと同じ1933(昭和8)年である。以来、45年5月に亡くなるまで、その地位にあった。

 第1次世界大戦と第2次世界大戦が連結しているというのは、アメリカの存在がもっとも象徴している。アメリカはこの2つの戦争のイギリス、フランス、中国などの、いわゆる連合国側の資金、武器援助のスポンサーであり、自由主義体制を守る牽引役を担った。第1次世界大戦後の国際協調路線についても、アメリカは国際連盟の機能をその点に合わせるのに多大な貢献を行っている。

 つまり20世紀の特徴は、アメリカンデモクラシーと資本主義的経済システムの両輪がフル稼働したことであった。ルーズベルトはまさにそのような役割を果たした、と言っていい。さらに戦間期を「軍事」から「非軍事」に変えるための努力を怠らぬように先頭に立っていた政治家だったといってもよいであろう。だから彼には「20世紀の最大の不況と最大の戦争を克服した政治家」という評価が与えられている。成功が彼の業績であることには間違いがないが、一方で人間としての評価は一枚岩ではなかった。

たしかに彼の性格に多くのプラス面があったのは事実である。これも同時代人のJ・ガンサーのリポートを引用しておくが、政治家としての「5つの資格」を有していたことは否定できない。「勇気」「忍耐」「最小なものに最大を見いだす」「理想主義」「優れた説得術」などがそうである。マイナス面は「緩慢」「表裏があること」「自分をさらけ出さないこと」「多弁」「陽気な執念深さ」などを挙げている。しかしより重要なのはルーズベルトが、大統領時代にこのようなマイナス面を完全に抑えることに成功したことだ。そのことこそ特筆されるべきだったのである。

 なぜそう言えるかというと、ルーズベルトは常に抽象的な思考方法をとらなかったからであった。全ては具体的で、そして現実に基づいて考えていたのである。行動する、その結果はどうなる、といった見取り図を描く能力を持っていたというべきであった。

 ヒトラーとルーズベルトの2人に会ったジャーナリストはそれほど多くはないが、彼らの筆は、2人の性格が全く似ていないという点では共通している。(つづく)