日本人が最も豊かだったのは、20年ほど前で、今や世帯収入は300万円未満が33%、
400万円未満だと47%です。夫婦2人で働いても400万円に満たない。そこから税金が
引かれると、手取り三百何十万円。これで普通の暮らしができますか?子どもを2~3人育て、
学校に通わせて、老後に備え、家を買うことができるかと言われたら、絶対に無理です。
家計の貯蓄率も、1997年から急激に減少しています。収入を貯蓄に回すことができなくなり、
2人以上世帯の3割、単身世帯の5割が貯蓄ゼロです。貧しいとされる一部の人だけでなく、
大勢の人が生活防衛に必死で、不安におびえているというのが現実です。

 しかし、自分のことを「貧しい」と思っている人は、内閣府の調査によると、たった4.8%
しかいません。日本の相対的貧困率は15.6%なので、普通に考えると、15.6%は貧しい人が
いるはずです。つまり、ギリギリのところで「中間層で踏ん張っている」と信じたい人が大勢
いるというわけです。自分が貧しいことを実感できず、現実の暮らしぶりは、ずっと落ちていく。
日々の暮らしに追われ、不安におびえながらも、自分のことを「助けてほしい」とは言わない。
その代わりに「お金をもらって、ずるい」と、生活保護利用者など弱者に対する憤り、
ねたみの感情が引き起こされる。「救われる人」が憎くてたまらなくなり、バッシングしてしまう。
追い詰められた弱者がさらなる弱者を虐げて、留飲を下げているようにしか見えません。
所得階層間に分断線が入り、不安を抱える者同士がさげすみ、憎むという「社会の闇」が生まれているのです。

(以上、慶応大学経済学部教授 井出英策)